toccata
いや、彼だけでなく出逢った人、曲を聴いた人、一緒に創った人。
全てが彼女によって”変えられて行く”のを、俺は自身を通じて分かっていた。
「じゃ、トキヤ今決めようよ」
イッキが横から言葉を差し込んできた。
俺の言った意味が理解出来たらしい。
中々面白い展開だ。
「決める…といっても、どうやって?」
「うーん…この前はあみだ籤で決めたし…トランプは?」
「…トランプで何をするんですか?」
「神経衰弱とか」
「子供ですか、貴方は…」
「ブラックジャックとかはどうだい、イッチー」
「賭け事は好みません…」
「随分と歪んだ視点でものを言うね…。でもまぁ…”賭け事”の一種だと思うけれど?今回は」
ウィンクしてイッチーに吹っ掛ける。
面白くなってくれなければ困る。
仕事とはいえ、受け取った台本の何とも面白味の欠片も感じないような設定と俺と言う存在の看板しか興味がない場所へ行くのは少々つまらない。
収録に入る前に、ほんの少しの心のオアシスを求めたくなっていた。
「分かりました、受けて立ちます」
ふう、と何かを振り切るかのように溜息を深くついてイッチーは俺とイッキをまっすぐ見た。
そうこなくっちゃ面白くない。
折角だから事の成り行きを楽しく見守らせてもらおうと思った。
事務所に有ったトランプを借り、会議室の机で行う事となった。
ディーラ役は俺。
プレイヤーは、イッチーとイッキ。
一応ルールとして、プレイヤーがディーラーに勝つまで続ける。
ディーラーと同数の時はプレイヤーの勝ちとする。
「ベットするものは…セッシーのお目付け役…でいいかな?あ、サレンダーはなしね」
「さ、れん…う、うん、いいよ」
「分かりました。…それは、ありえませんから」
イッキは知らない言葉を聴いて一瞬戸惑ったが、多分自分には関係ないと思い質問してこなかった。
彼だったら、言わなくてもそんな事はしないと思っているから別に教える必要もないだろう。
俺自身も含め、カードを二枚ずつ配る。
「あれ?レン、一枚だけしかあけないの?」
「ホールドカードだよ。イッキ達の行動が終わったらあけるよ。じゃ、行動を選んで」
俺のフェイスアップカードは、A。
イッキが6とK。
イッチーが5と3。
(おやおや、行き成り小さな数字がイッチーに振り分けられたな…)
机をコンコン、と叩く音がする。
イッチーが間髪入れずにカードを引くのを選んだ。
「何?」
「ヒット…カードを一枚引くって事ですよ」
「そうなんだ、よし、じゃぁ俺もヒットで」
何が「じゃぁ」なのか判断に困る。
そんな俺をよそに、イッキもカードを引いた。
それにより、イッキは6とKと4となり、イッチーは5と3と7。
またコンコンと机が叩かれる。
随分と攻撃的だ。
確かに、そうせざるを得ないか、この時点でイッキに負けてる。
たたいて響いた音から、イッチーは少し焦っているのかもしれない、と思った。
以前あれだけの芸能界の荒波の中にいたのに、レディの事になると盲目になるようだ。
(勝負は冷静じゃないと勝てないよ、イッチー)
心で小さく俺は呟く。
眉間にしわを寄せて少しでも人生が楽しくなさそうな顔をしている人間には、勝利の女神はほほ笑みにくい、と俺は思っている。
(女神だって女性だ。女性ならば、”綺麗な”顔をした男性が好きだろ?)
いやこれは差別発言か。
男だって”綺麗な”顔をした女性が良い。
同性愛者も然りだ、男は男が、女は女が。
曇りのない表情の方が良いだろう。
イッチーがカードを見て、手のひらを下に向けて水平に降る動作を見せた。
「え?何トキヤ、今の」
「スタンド、ですよ」
「スタンド?」
「…もうカードを引かないって事です」
「そうなんだ、うーん…」
イッキは自分のカードともう一度睨めっこして、手のひらをこちらに向けて横に振った。
「俺もスタンドね」
「…動作を間違えてますよ、音也」
「え?そう?」
「構わないよ、よし、二人ともスタンド、ね」
カードをオープンさせる。
俺は、フェイスアップカードがAで「11」。
ホールドカードが、7。
「うーん…合計18、だね」
「Aは1じゃないの?」
「1とも読めるし、11にもしていいんだよ」
「そうなんだ…」
「音也、絵柄カードは全て10ですから」
「え!?そうなの!?」
「…貴方、もしも絵柄がその数字だったら、バーストしてますよ?」
「バースト?」
「それで試合終了、って事」
「ええ!?そうだったの!?」
「はは、知らない人に負けちゃったね、イッチー」
「…そのようですね…」
「え?俺の勝ちなの?」
「そうだよ。イッキは6+K+4で、20。イッチーは5+3+7+Aで、16。イッキは俺に勝ち、イッチーにも勝ってる」
結局最後にヒットした時に出せたカードは、Aだった。
もっと早くに出れば戦略が変わったかもしれないのにね、と思いながら二人の手前のカードを片付ける。
「…やっぱり納得がいきません、音也、じゃんけんしましょう」
「えぇ!?」
すくっとイッチーは立ち上がってじゃんけんの対戦を申し込んだ。
余程自分のくじ運を悔しく思ったのか…と苦笑したくなる。
思えば、喫茶店のあみだ籤の時も”残りものには福が”と言って一番最後に選んだのに、真っ先に「支払わない」になったな…と先日の光景が脳裡に浮かんだ。
「じゃーんけん…」
「ちょ、一寸待ってトキ…」
「ぽん!」「ぽーん!」
グーとパー。
不意打ちを狙ったつもりが、…どうやら返り討ちに有ったようだ。
結果を見て、顔に青い線が沢山入ったように見受けられた。
本当に面白い反応だと思う。
「はいイッチーの負けー。イッキ、セシルの件お目付け役決まった、って報告してきなよ」
「あ、うん。ほうれんそう、だね!分かった」
元気よく会議室を出て行く、颯爽と走って行く犬のような背中をイッチーは見る事も出来ないでいた。
周囲の空気が黒々しく見える。
これはもう…放っておいた方が良いかもしれない…と思いつつも、少しちょっかいを出したくなった。
「勝負は時の運だねぇ、イッチー。コーラスで巻き返せばいいんじゃないの?」
「…」
俺の言葉に何も答えずイッチーは会議室を出て行く。
振り向かずに、
「当たり前です。彼では思い浮かばないようなものを創り上げますよ」
デュエット楽曲でも喧嘩してどうするんだ、と言う言葉が脳裏を掠ったがそれは口に蓋をして飲み込むことにした。
(巻き返しは利く…とは思うけどね)
彼の音楽性は、音也とはまた違う。
得意としている表現も違う。
違う者同士がぶつかり合って評価を求めあっても、それは好みの差になって来てしまう気はするが。
だが多分、「今想像できているもの以上の何か」を創り上げるだろう、とそう感じていた。
音楽、歌こそが彼のアイデンティティでもある。
それを捨て去ることはないだろう。
対象的な後姿を見送る。
その二人の背中を今部屋の中で思い出して、自分が何を歌いたいかを考えていた。
手元に有る台本も大事だが、俺はレディと創りあげる世界の方に比重を置きたい。
そんな我儘がある。
仕事は仕事として最善を尽くす。