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愛と友、その関係式 最終話

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 だけど、待つのもまた信ずればこそ真実の愛なのかもしれない。遠く離れても、たとえ指の一本さえ触れなくても、声が聞こえなくても、再会が老いてしまった後でも――会った瞬間に愛していると、それは人を超越した愛ではないだろうか。
 
 美奈子は思う。しかし、自身は人だ――。
 信じて待つのが人を超越した神の愛ならば、自分が神になんてなれないことをとうの昔に知っていたのに。
 神にはなれない。道徳を忘れてしまうくらいに狂っている。
 五感の全てが満たされないと愛を知れないのだ。
 目で見て、声を聞いて、肌に触れあって、髪につく石鹸の匂いに酔いしれて、愛を囁く。
「……何をしているんだろう。ここで」
 教会の扉が開いていると期待した。
 自分が動かなくても幸せな終わりを迎えると、何処かで望んでいた。
 ここに誰もいないことを知っていたはずだ。何故なら、来ないように仕向けたのは他でもない美奈子自身だ。
 携帯は鳴らない。誰も迎えにこない。
 ――あなたと私の未来が繋がらない。
 一度は覚悟したことなのに、悲しくて辛くなる。なんて自分勝手。なんて堪え性のない。なんて馬鹿な自分。でも。
 美奈子は絵本を閉じると階段へそっと置いた。
「伝えなきゃ……」
 踵を返す。美奈子は大きく息を吸いこむと走りだした。
 
◆◇◆◇◆

「――ふぅん」
 美奈子が必死に走っていく姿を遠くに見つけた姫条は、全てを悟って微笑んだ。
「余計な心配やったか」
 やれやれと肩を竦める。このまま卒業してしまうのかとも思っていただけに一安心だ。
「あー、やれやれ。俺もかえろ」
 一つの心残りが取り払われて、ようやく帰れると姫条は校門へ向かう。
 と、校門にできた人だかりの中心に見知った姿を見つけた。
「葉月」
 在校生、卒業生。そのどちらの女性徒に囲まれて、心底げんなりとしている葉月の名前を呼ぶ。
「こんなとこで何しとん。ずっと探しとったんやで、これからカラオケ行く約束やろ」
 姫条は葉月の腕を掴むと、女性徒の悲鳴に似た非難もなんのその無視して歩きだした。大股の早歩きで場を離れると、女性徒はあっさりと諦めてくれた。
 女性徒が追ってこないのを横目で確認してから姫条は葉月の腕を放した。
「自分も難儀やな、卒業式まで。……ああ、卒業式だからか」
 うんうんと姫条は頷いた。
 普段の学校生活の中で、葉月はほとんど人を寄せつけない。ゆえに、もう会えなくなるからと今まで葉月にアタックしてこなかった者が特攻してくるのだ。
「……わるい。助かった」
「ええんや。気にせんといて」
 からからと姫条は笑う。と、笑いとやめて葉月が大事そうに持っている物に目をとめた。
「――絵本? 男子高校生にはミスマッチっちゅーか。どないしたん、それ」
 純粋な興味だった。
「これか……、これは続きを教えてやるって約束したんだ。だから」
 くすりと葉月は笑った。
「へぇ」
 あまり意味が解らなかったが姫条は頷く。
「葉月がもっとる本か……。なんや気になるな、見せてくれへん?」
「ああ、かまわない」
 葉月は姫条へ絵本を手渡した。
 姫条はパラパラとページをめくる。絵本と思われたそれは異国情緒あふれていた。異国の言葉でかかれた話を姫条は一つも理解できないで首を捻る。
 ただ、最後のほうのページに描かれた目を閉じる女性がやけに気になって凝視した。
 安らかに祈りを捧げているようにも見えるし、悲しみに打ちひしがれているようにも見える。
 ぱたりと絵本を閉じて、姫条は葉月へ返した。
「これって、ハッピーエンドなん?」
「ハッピーエンド。……多分な」
 葉月は目を細めて微笑んだ。

◆◇◆◇◆

「美奈子!」
 羽ヶ崎の卒業式が終わった天童ははばたき学園へ向かって走っていた。
 見つけたのは”はばたき学園”へ向かう大きな坂道だ。
 美奈子は一心不乱に走っていた。燃え尽きてしまわないかとありもしない不安を抱くくらい真剣に。
 水をさすのが躊躇われた天童だが、この瞬間を逃せば二度と言えないことを自覚していたので叫んだ。
 美奈子は驚いた顔をして立ち止まる。
「天童くん……」
 驚きの理由はいろいろとあるのだろう。まだ癒えていない怪我のこと、再会、これからのこと。
 美奈子は安堵したように眉尻をさげた。
「よかった。怪我がないわけではないけど、無事だったんだね」
「おう。本当はもっとマシなツラになってからが良かったんだけどな。ちゃんと、言っておきたいことがあって――けど今日じゃなきゃ駄目な気がしたんだ」
 天童は美奈子の手首へ手を伸ばしかけて、止めた。その代わりに照れ笑う。
「美奈子、……ありがとな」
 美奈子の目が大きく見開かれた。
「私は、な――」
「何もしていないなんて言うな。したんだ」
 天童の言葉に、美奈子はしばらくして頷いた。
「よし。……急いでたんだよな、引き止めて悪かった」
「――うん。あの、私もありがとう」
 美奈子は満面の笑顔で手をあげた。それから、また彼女は駆けだして、あっという間に坂道の先へのみこまれしまう。
 天童は掌を握りしめ、自嘲気味に笑った。
「おや? てっきり告白でもするのかと思いました」
 背中に響いた声にギクリと天童は振り返る。
 そこには若王子がいつものニコニコした顔で立っていた。いつから、どこからと疑問はつきないが、どうせ若王子だからという理由で片づいてしまう。
 ささいな疑問を捨て、天童は肩を竦めた。
「いいんだ。これでな。アイツが笑ってくれるなら」
「そうですか」
 おどけてみせる天童とは正反対に若王子は顎に手をそえて唸る。どこか達観している若王子のこんな姿はわりと珍しかった。
「……恋」
 飛びだした言葉にぎょっとして若王子を見る。
「自分のためには変われないけど、他人が作用すれば……あるいは。なるほど、興味深い」
 そして、若王子は目を閉じた。
 
◆◇◆◇◆

 美奈子は駆けていた。
 二人の思い出を辿るように、ゲームセンター、温水プール、ボーリング場、運動公園。
 夏から部活をやらなくなったつけが今になってふりかかっている。あがる息、身体が悲鳴をあげていた。だが、美奈子は足を止めなかった。
 ――姿が見えない。
「何処、何処にいるの……?」
 太陽が沈んで、世界を赤く染めていく。
 影があざ笑うように闇を深めて、美奈子の足元をすくおうとしている。
 早く、早く。探し物を見つけないと、それは永遠に失われてしまう。
「何処」
 もう一度、呟き。ふと、昔の記憶が蘇った。

 寄せてはかえす波の音。
 ”こういうのガラじゃねぇけどよ。応援するっつーか……あぁ、がんばれよ。なぁ、美奈子”
 あの時の下手糞な笑顔は、恋愛事が不得手だからだと勘違いしていた。

「あ」
 もし、もしも。運命論というものがあるのなら、それは終わりと始まりがくっついているものではないかと思う。始まりがあるから終わりがあるのなら、終わりは始まりへ繋がる。
 青い鳥のように、表裏一体の光と闇のように。
 迷う暇はない。どうせ、行ってない場所はそこしかないのだ。美奈子は海へ向かって足を向けた。

 海岸へ着いたのは、太陽が身体を海へ半分ほど沈めた頃だった。