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愛と友、その関係式 最終話

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 愛と友(ゆう)、その関係式


Epilogue つまりはYOUから始るIの世界

 ――数年後。

「オッケーです! 画の確認するんで休憩入ってください」
 スタジオ内に張りつめていた緊張は解かれて、雑談交じりの喧騒が戻る。
 葉月は熱いくらいライトが集まる壇上からおりると、スタジオ奥にしつらえてある簡易な休憩所のパイプ椅子へ腰をかけた。
 テーブルには時間を逆算し注文された喫茶アルカードのコーヒーと、数種類の雑誌がおかれている。葉月はカップをとって、唇につけると琥珀色のそれを口にした。
 広がる心地よい苦味と――目に留まった雑誌。
 葉月は雑誌へ手を伸ばした。パラリとページをめくる。
「あら、葉月くんがスポーツ雑誌なんて意外ね」
 手をとめて、声のするほうへ顔を向けた。そこには、この仕事を始めるキッカケとなった年のはなれた従妹の姿がある。スーツを着ているのなら、遊びに来たわけでもなさそうだ。
 葉月は肩をすくめてみせた。
「完全な偏見」
「そう?」
 従妹は悪びれることなく笑う。
「そうそう。今日は訊きたいことがあって来たの」
 言って、従妹は空いたパイプ椅子に腰をかけると葉月の顔を覗きこんだ。
「あなた、仕事を減らして欲しいって――」
「ああ、そのことか。……本当だよ、もともと”そのつもり”だった」
「銀細工のことかしら? なら、どうせなら売れてる名前を利用すればいいじゃない」
 葉月は何も答えない。
 そうそうに根をあげたのは従妹のほうだ。
「解った解った。やりたいことがあるのは良いことだもんね。もともと、モデル業以外はやらない約束だし――うん」
 従妹は立ち上がると、葉月の見ていた雑誌を奪う。
「ふーん」
 従妹はパラパラとページを捲って、あるページで手を止めた。
「出身校、はばたき学園……」

◆◇◆◇◆

「ちはー」
 商店街、噴水前で待ち合わせの友人を見つけて天童は手をあげる。
 友人の名前は蒼樹千晴。年は同じだが、一流大学の一学年上の先輩だ。もちろん、今は卒業して蒼樹は外交官という肩書きを持っている。
 天童は蒼樹へ走り寄ると、小さく頭を下げた。
「わりぃ。待ったか」
「いえ、着いたばかりですから気にしないでください」
「そっか。……実はな、これを見つけちまってつい」
 言って、天童が出したものは今日付けの新聞紙だった。
「新聞……ですか?」
 一見、何の変哲もない新聞に見える。蒼樹は首を傾げた。
「ああ。でもただの新聞じゃないんだ」
 天童は新聞を丁寧に広げると、後ろに乗っている小さな記事を指さした。
 タイトルは海外で頑張る日本人という、よくあるメインではないが新聞の清涼剤的な記事だった。記事には小さい写真が載っていて、一人のバスケ選手が今まさにシュートしようとしている。
「この選手がどうしたんですか?」
「違う違う。ここ」
 よく見ると、天童の指は写真の下を指差していた。
「撮影者。写真の……?」
「そう! 知り合いなんだ。良い奴なんだぜ」
 天童は弾けるよう笑うと、また大事そうに新聞を折りたたんでしまう。
「ちはにも会わせてやれたらいいんだけどな。いつか――」

◆◇◆◇◆

「もおー! つながらない」
 はばたき市内のとあるファミリーレストラン内で藤井は携帯の通話ボタンを忌々しげに睨みつけた。
「何で私がこんなことを」
「しゃーないやん。同窓会の幹事に選ばれたんやから」
「私だって忙しいっての」
 藤井が口を尖らせ、どかりと座席に背を預ける。
「俺かて忙しいわ。資本金がもう少しでたまりそうやから事務とかもろもろな……。あー泣き言いったってしゃーないか、休憩しよ」
 姫条も座席にもたれかかって天井を見上げた。
「そうそう、休憩休憩――。あ、お姉さんコーヒーおかわり」
 藤井は通りかかったウェイトレスへ告げてから、今度は自分の隣に置いてある仕事用の鞄へ手を伸ばした。
 姫条はちらりと横目で見る。鞄は黒皮製で重々しい雰囲気を放っていた。
「いかつい鞄やな。バズーカ砲でも入っとるんちゃう?」
「あいかわらず馬鹿ねー。これは仕事に必要なんだって」
 藤井は笑いながら受け答えて、鞄の中から一枚の新聞を取りだす。気づいて姫条は上半身を乗りだした。
「お、藤井も買ったんか」
「まあね」
 ぺらりと新聞のページをめくる。目的の記事までくると手を止めた。
「やっぱ小さい記事やなー。元気そうで何よりやけど」
「だね」
 級友の姿が一人。文字としては、もう一人。合計二人が記事の中に存在していた。
「同業者としてはどうなん?」
「ああ、写真? あんた、あの子の他の写真みたことないんだっけ」
「へ?」
 含みありげな藤井の物言いに姫条はきょとんとする。
「あの子、スポーツ以外の写真は上手く撮れないみたいよ。……ほら、親の撮る子供の写真は誰にも真似できないほどよく撮れてるとかいうでしょ。つまりはそういうことなんじゃない?」
「あー、なるほど」
 姫条は気づいて苦笑いを零した。

◆◇◆◇◆

 代表選手は食事に至るまで管理されている。栄養士の道を選んだ紺野は、スポーツ選手の栄養管理を任されるほどの力をつけていた。
 代表合宿。休憩中、紺野は新聞の一つの記事をじっと凝視していた。
「何をそんなに真剣に見ているの?」
 声をかけたのは紺野と同じくスポーツ選手のマネジメントを任されている同僚だ。紺野は振り返り微笑んだ。
「これですか? 学生時代の知り合いなんです」
「そうなの。やっぱスポーツ好きな紺野さんだから、学生時代でもそういう縁ができるんだね。……ふむふむ、海外で頑張る日本人か。凄いね、僕たちも頑張らないと」
「……はい」
 紺野は静かに頷くと、そっと新聞を折りたたんだ。
 ――私も頑張るね。
 
◆◇◆◇◆

 アメリカ某所。――日本人街で美奈子は買い物をしていた。日本とは違う言語も空気も交通ルールも、暮らして数年になるとこなれてきたものだ。
 美奈子のさげる木製のバスケットには、本来なら日本でしか売っていない味噌やらにぼしやら日本食材であふれている。その上には日本語でかかれた日本の新聞。
 鼻歌交じりに美奈子は街を抜けていく。
 ――卒業してからが大変だった。留学と一言で表しても、当たり前に簡単な事ではなかった。だが、幸運なことに本田監督の尽力と一流体育大学の厚意で留学のとっかかりを得ることとなる。トライアウトへの参加――後は、鈴鹿の努力次第であった。
 
 美奈子はといえば、主に日本向けのスポーツ雑誌を専門とした(というかそれしかできない)フリーカメラマンとして人生を過ごしていた。もちろん、収入は安定しないし悪い日は月に一つも仕事のない時があった。
 そんなときはバイトをして生活費を稼いだ。決して楽な生活ではない。だが、定住を持たない代わりに、身体一つで鈴鹿を追ってその姿をレンズに映すのは美奈子にとって何ものにも換えがたい幸福であった。
 ありがたいことにスポーツ選手をうつす美奈子の写真は評判も上々で、最近はそんなにバイトをしなくてもよくなっている。

 美奈子は地下鉄に乗って、自宅のある街で降りた。自宅は賃貸のつつましやかで小さな部屋だ。