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tremolo

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春歌の場合〜三週目



楽曲を作るために事務所側が準備した部屋は何だか不思議な雰囲気だった。
私とセシルさんの担当の今週。
隣には、時々ギターをつま弾く一十木君がいる。
セシルさんは嫌そうな顔をしないが、少し納得がいかない表情を浮かべる時がある。
喧嘩はしていないのだけれど、空気が回っていないそんな感覚だ。
一寸だけ、身体が縮こまる。
訳が分からないのだけれど、何となくそう思ってしまう。


(あれ?一十木…君?)

三週目初日。
扉の向こうに「いるはずのない人物」の顔を見てぽかんと口を開けてしまった。
ないと思っている事が目の前で視覚的に見えると、想像以上の衝撃があるのだと知った。

(私がメールをチェックし忘れていただけなのだけれど…。)

後で確認したら事務所からのメールに、セシルさんのホテルに来てからのおっちょこちょいに対する対処として一十木君が手助けをする、と言う内容が書かれていた。
別段仲が悪い訳でもないので気にはしていないのだけれど、初日時セシルさんがポツリ呟いた言葉が少し気になっていた。

「折角ハルカを一人占め出来ると思っていたのに…」

一人占め?、聴き間違えがなければそう言っていた。
確かに曲を書く時は、二人きりの方が詰めやすいし、でもやっぱり二人きりだと煮詰まる事も多そうだから新しい視点は欲しいと思う。
だから、一十木君がいてくれるのは助かる…と私は思っている。

(でも、セシルさんは違うのかしら…?)

セシルさんとの製作はスムーズに進んでいく。
多分翔君達の週にあれこれメモをくれたからかもしれない。
二人の曲で躓いた時、別の事を考えるきっかけにもなって頭の切り替えは楽だった。
曲を作る、って言う事には変わりないけれど、「その曲だけ」にかかりきりにならないって言うのは気が楽だった。

(あれ?私ってひょっとして、一曲集中!…が出来ないの、かなぁ。)

そんな不安も生まれてきて、頭の中で考えるのを止めそうになる。
思考停止…都合のいい逃げ道。
だけれどそんな事を言っている場合じゃない、と私は頬をぺチぺチと叩いた。

そして、楽曲製作三週目も今日で四日が過ぎる。
セシルさんのソロ曲は、もう完全に出来あがった。
テーマは、「猫と犬」。

---違う存在でも、お互いを想い合うって言うテーマにしたい。

とセシルさん自身が言っていたのだ。
だから私は、

「セシルさんは猫舌なので、”猫”ってどうですか?」

と提案すると、少々困った表情を見せたが、my princessが望むなら、と快諾してくれた。
動物を提案してしまった理由は物凄く単純だったかもしれない、と後になって少し後悔したが、決めて創りだした以上時間との関係もあるし、進まないと駄目だ。

”セシルさん”自身を書いてしまうと何時もの様な状況になるし、今回はとことん冒険がしたくなって、「動物」を私が勝手に決めてしまった。
我儘だな、と思いつつもセシルさんについ甘えて自分を通させて貰ってしまった。
学園に入る前の自分とは雲泥の差な気がする。
誰かにこうやって自分の考えをしっかり伝える、何て上手く出来ていなかった。
セシルさん、この部屋にいる一十木君、そして同期だった聖川さん、四ノ宮さん、神宮司さんに、翔君。
皆の力で私は随分と前をしっかり向けるようになった…気がしている。

(沢山の人達の力で今ここにいられるんだから、しっかりしないと!)

他の動物でも良かったのだろうけれど運が良いのか悪いのか…、セシルさんからのテーマを受け取って悩んでいた時に見てしまった映像が行けなかったのかもしれない。

「可愛い!」

もう一人の動物をどうするか…で悩んだ時、ニュースで「犬が子猫を育てている」と言う映像が流れていた。
部屋の隅で二匹の愛らしく丸まって眠っている。
見ているだけでほんわかしてきたので、これがいいなぁ…と思ってしまった。
決まった瞬間にどんどん音が身体を走って、あっという間にできた。
即出来た事はとても喜んで貰えたのだが、

「イヌは…ひょっとして、オトヤ…デスカ?」

と質問されてどきりとした。

(セシルさん、鋭い…)

見事に読まれていた。
作曲と歌詞を詰めている作業中、一十木君が部屋にいて少し休憩になるとお茶を持ってきてくれたりお菓子を持ってきてくれたりして色々と気を遣ってくれた。
その時の姿が、親切なんだけれど何だか私たちに纏わりつくような感じで、男性に対して失礼だと思うけれど可愛らしい、と思ってしまった。
体は翔君の様に小さい訳ではないから”小型犬”と言う訳ではないのだけれど、中型…若しくは大型の一寸小さい子位な印象だ。
活動的に見える身体の創りは、やはりスポーツの賜物なのかもしれない。
仕事で体重を減らさなければいけない時は相当苦労していたようだった。
筋肉が多いと体重は減りづらいだろう。

(それにしても…。犬っぽい…なんて本人に言ったら嫌がられるから絶対言わないけど…)

心の中で口にチャックをさせる。

「七海、もう全体の曲、書けたの?」

一十木君が声をかけてきてくれた。

「あ、うん…全部じゃないけれど、もうすぐ一通り聴ける形には出来るかな?って言う感じだよ」
「そうかぁ、早く七海の歌、歌いたいなぁ」
「ソロと一ノ瀬さんとのデュエット、仮収録は終わったんですよね?立ち会えなくて、すみませんでした」
「あぁ、気にしないで。創る時ずっと話をしてたし、俺もトキヤも七海が言いたい事、伝えたい事分かってるから。それに、本収録はまだだしね。
 デュエットはコーラスをトキヤが担当する、って話になってるから…あ…まずい、どれくらいで来てるのか確認するの忘れてた…」
「じゃぁ、今日中に確認しないと、ですね」
「そうだね!」

一十木君は携帯を取り出し、席を立って歩きながらメールを打ち出した。

セシルさんとの楽曲は出来あがっている、後は全員での歌を完全に完成させる…と、頭の中で繰り返し確認。
事務所からは、「作詞は外部にお願いしてあるから、思った事を書きたい曲を書きなさい」との命令が下っている。
今までもそうしてきたのだけれど、それは「つもり」だったのかもしれない。
気合を入れ直さないといけない、と思った。
皆にとっても試練だけれど、曲を作る私にとっても試練なのだ。
それぞれの方法で仕事も、事務所からの課題も乗り越えてきている。
今回もしっかりとやらなきゃいけない、そう思った。
私はまた、頬を二度ぺちぺちと叩いて気合を入れる。

「ハルカ…何してるんデスカ?顔、何かついていましたカ?」
「へ?」

振り返るとセシルさんが、フルートを手にして私の背後に立っていた。
とても心配そうに私を覗きこんでいる。
慌てて首を横に振って否定をすると、セシルさんがフルートを机の上に置いて慣れた手つきで両手で私の頬を覆ってきた。
顔が近付く。

(えええ!?)

どんどんセシルさんの顔が近付いてきて、視界がぼやけてくる。
目の前がセシルさんで一杯になっていた。
怖くなって眼を閉じてしまう。

(ちょ、ちょっ…)

頭がパニックになっているのが何故か分かる。
慌てている自分も凄く良く見えてる。
何故だろう、分からない。
心臓が早鐘の様になっている。
作品名:tremolo 作家名:くぼくろ