tremolo
どうやらオートロックだと言う事を忘れて、部屋に鍵を残したまま外に出てしまったらしい。
「何度もやってしまったカラ…、フロントにも行きづらい…」
肩を落としてしょんぼりしている。
私が行ってきてあげますよ、と伝えてエレベーターホールに向かうと、あなた一人をいかせるわけにはいかない!と
結局一緒にフロントに行く事になった。
そこでまた、一十木君と一ノ瀬さんに逢ってしまう。
「何してるの七海?」
私達を見つけた二人が近づいてくる。
「あ、セシルさんの部屋のスペアの鍵を借りようと思って…」
「あーまたやっちゃったんだー」
「メンボクナイ…外にはあまり出たことがナク、まだ良く分らナイ…」
「セシルってさ、寮でも部屋の鍵を閉め忘れて外に出るとか良くあってさ」
「そ、それは危ないですね…」
「開けっぱなしだったら別段そのまま入れますからね、その癖が抜けないのでしょう…」
「メンボクナイ…これはハラを切って切腹いたしモウス…」
「いや、そこまで言ってないって…大丈夫だって、セシル」
一ノ瀬さんのトドメの一言が効いたのか。
どんどんセシルの気分が落ちて行く状況が隣にいて良く分かる。
「でも困りましたね…。誰か彼を見張れる人がいればいいんですが…。何かあった時の為に」
溜め息交じりで、一ノ瀬さんはセシルさんの事を心配する言葉を口にした。
この人はやっぱり優しい、と思う。
本当は凄く優しいのに、それを表に出さない、恥ずかしがり屋…なのかもしれないと思っている。
この一ノ瀬さんの思いに一十木君も頷きながら同意する。
「あ、じゃぁ、私が一緒の部屋になればいいんじゃないですか?私も一人部屋ですし。
もしも空いているならば、一十木君と一ノ瀬さんが使っていた部屋をそのまま使わせて貰えば…」
思えば私は一人だし。
今借りている部屋を期間前に使わないって事になると…ひょっとしてペナルティを払わないといけないのかしら?と心配もあったけれど…。
セシルさんがまだ慣れていないのならば、サポートしてあげた方が良いわよね、とそう思った。
そうすると二人が一気に距離を縮めてきて、声を合わせて
「それは絶対だめ!」「それは絶対に駄目です!」
と止めに入ってきた。
「え?」
驚いてしまい視線が中心に寄ってしまっている状態の私に、一十木君が畳みかけてきた。
「絶対駄目だよ!何考えてるんだよ七海!どうしてそうなるんだよ!それは絶対に駄目!駄目駄目!!
七海は自分の作業に集中して欲しい!もう…っ、本当に駄目なんだって!だって…っ!!」
駄目駄目を連呼されて頭がくらくらする。
どうして否定されるのか分からない。
足元が少しふらついた所を、セシルさんが柔らかい手つきで体を支えてくれた。
「ダイジョウブですか?朝食、マダですよね?my princess ご一緒にいかがデスカ?」
「は、は…はぁ…。あ、でも今朝は翔君や四ノ宮さんと部屋でルームサービス、と言う話しでしたので…」
「それは残念デス…」
しゅんとするセシルさん。
可哀相になって、二人の許可を得ずつい、「一緒にどうですか?」と誘うと、目を輝かせて喜んで受けてくれた。
その瞳の色があまりにも綺麗で見惚れてしまっている、その所に一ノ瀬さんが声をかけてきた。
「すみません、あなたを困らせるつもりではなかったのです。
音也、謝りなさい。何故駄目なのか、その理由も言ってないでしょう」
「…う、うん…七海、御免ね」
首を横に振って大丈夫を伝える。
すると一十木君は少し嬉しそうな表情を浮かべて私を見つめてきた。
「ただ、セシルの事は気になるから。事務所に聞いてくるよ」
「ワタシはprincessと一緒のヘヤでも構いまセン」
「貴方が良くても、こちらは全く良くありませんから」
「コチラ?ドチラ?」
「…兎に角、七海さん、事務所からの連絡を待って下さい」
「じゃぁ、俺達行くね。七海の作ってくれた楽曲、すっげー素敵な曲にしてくるからさ!」
「…その前準備でしょう、では、失礼いたします。行きますよ、音也」
一ノ瀬さんがすっと歩きだし、待ってよと一十木君が後ろに続き、こちらを振り返って、元気に手を振って別れを告げてくれた。
二人を見送って、私は翔君達の部屋に向かう事にする。
「スペアキーも借りましたし、まずはセシルさんの部屋の鍵を手に入れて。朝食を食べて、それから鍵を戻しに来ましょうね」
「はい、my princess。ケサは鍵を忘れた事に感謝デス。こうして、princessと朝会話が出来た。幸せデス」
そう言ってセシルさんは、私の手を取り、膝まづいて甲にキスをした。
「ありがとう、ワタシの女神。今日もステキな一日を」
顔が赤くなる。
頭がくらくらする。
外国の方だって分かっているけれど。
それでも、やっぱりこう言うのは慣れないと私は思った。
「オゥ、ハルカ、ダイジョウブですカ?お手をどうぞ…」
ふらふらする私はセシルさんに手を引っ張らなれながら、翔君達の部屋を目指した。
二週目は本当に順調だった。
翔君達が前もって準備をしていてくれたお陰で、ソロ、デュエット曲どちらも一週目よりも期間がかからなかった。
夜、部屋に戻って最終的な調整をしていると、ドアベルが鳴らされる。
(誰だろう…あ、もしかして…。)
私は急いでドアへ向かった。
のぞき窓からのぞくと、そこにはセシルさんが立っている。
鍵を開けるとセシルさんは手紙を渡してくれた。
「ヤブンにすみません、ハルカ...楽曲のイメージや思った事を書いてミマシタ。お役に立ちマスカ?」
「ありがとうございます。大丈夫です、十分役に立っています」
「それは良かっタ...」
セシルさんは嬉しそうに微笑んでいた。
二週目の中日くらいから、セシルさんが「ショウ達から、ジュンビが必要、と聞きマシタ」と言って自分の持っているイメージ屋やりたい事を紙に書いて来てくれるようになったのだ。
それをわざわざ律義に部屋まで届けに来てくれる。
何度もドアの下から部屋に入れてくれていいですよ、と言っても「きちんと届けたい」と聞いてくれない。
(でも、確かに駄目よね…折角書いたものを足元に置くなんて…)
セシルさんが、きちんと届けたい、と言う理由は私なりに想像に難かった。
「ショウ達の曲、出来てルって聞きまシタ」
「あ、事務所からのメールですね」
私の製作状況については、毎日進捗メールとして事務所に送っている。
それを事務所側が「報告メール」として、皆に送ってくれているのだ。
「ええ、そうデス」
「セシルさん、メール読めるならわざわざ手紙じゃなくても大丈夫なんですけれど…」
「ワタシは、届けたい。このオモイを。だから、手がきが良いのです。迷惑でショウか?my princess...」
少ししょんぼりした表情をするセシルさん。
私は慌ててそんな事はないと大きく首を横に振って答えた。
それを見るとセシルさんは安心したような様子を、満面の笑みで表現してくれる。
嬉しいけれど、時々、
(やっぱり、少し距離が近い気がする…)
と思って身構えてしまう。