普通車は四輪、軽だって四輪!
「おいこら土方ァ、もっと気合い入れて運転しろォ」
「うっせェんだよ、テメーはよォ!後ろでふんぞり返ってるだけだってのに、えらそーに!」
土方はそれをちらりとミラーを見ると、ち、と舌打ちした。
「仕方ねェだろ。ここ、ずっと上り坂なんだよ。ギアはローでとっくにアクセルべた踏みなんだよ。 これ以上は無理だっての。文句あるならお前が運転しろ。いや、運転しなくていいから、お前降りろ。 降りてここから歩いて屯所まで戻れ。この車、ちょっと重過ぎだからな」
「だそうですぜ、近藤さん。副長命令でさァ。降りろって」
「ええェ!俺ェ!?」
「何で近藤さんなんだよ!お前が降りろっつってんだろがァ!」
「だってこの場合は一番重い人が降りるのが筋でしょう」
「いやいやいやァ、屯所まで歩いて帰れっていうなら、一番若い奴が適任だとおもうがなァ」
「じゃあもう間を取って間の奴にしやしょう。というわけなんで、降りろ土方。 今すぐ降りて歩いて屯所まで帰りやがれ真ん中の土方」
「結局俺かよォ!!」
「満場一致で決定でさァ」
「ふざけんなァァ!!」
「む、トシ!また誰か俺たちを追い越そうとしてるぞ。あれは…原チャリか」
ばるばるばる、とエンジンを吹かしながら、一台の原チャリが土方の運転するミニパトを追い上げてきた。
銀色の車体に白い着物をはためかせながら走っているのは――
「万事屋の旦那――」
長い長い渋滞の先頭をのろのろ走るミニパトに、銀時は呆れたような視線を向け――乗っている連中を見て、ぶ、と吹き出した。
そしてへらへら笑いながら、後部席に座る新八に話し掛けた。
「ち。原チャリで、しかもニケツの奴にも負けるなんてな」
土方は憮然とした表情でハンドルを握り直した。
無駄だとわかってはいるが、更にアクセルを踏み込む。
新八は銀時の指差す方を、え〜?という顔で不審そうに見た。
まさかこんな小さな車に真選組の幹部が三人も乗っているとは思えなかったのだ。
だが追い越しざまにちらりと車内を見、ぶ、と吹き出すと、更に後ろ――神楽に話し掛けた。
「「「三ケツかーーーーーーーーァっ!!!」」」
万事屋一行は、更にアクセルを吹かし、難なく土方らの乗る車を追い越して行った。
進行方向とは反対に向いて座っている神楽は、何時までも真選組を傘で差しながら笑っている。
ゲハゲハゲハという笑い声が、だんだん遠ざかり、上り坂を登り切って下り坂の向こうに消えた。
近藤の顔にずーん、と縦線が降りた。
「原チャリで、二ケツどころか三ケツ――」
沖田の目が据わった。
「しかも三番目のケツはノーヘルでしたぜ」
土方の瞳孔が、ぎらり、と開いた。
「三ケツのくせに上り坂であのスピード――まちがいねェ。あの原チャリ、とんでもねェ改造してやがる――てことはだ――」
「「「道路交通法違反だ、コラーーーーァァ!!!」」」
土方は蹴り壊しそうな勢いでアクセルを踏み込んだ。
三人を乗せたミニパトはてれてれと長い上り坂を登り切り、坂のてっぺんにたどり着くとゆっくりと車体を傾け ――急な下り坂を滑り落ちるように加速していった。
今までの鈍さが、嘘のようにスピードを上げていく。
車体の重さが、下り坂での加速に拍車を掛けていた。
「いたぞ、万事屋だ!」
前方に三人乗りの原チャリが見えた。
長い下り坂を、ブレーキを掛けながら、ゆるりゆるりと下っている。
「逃がすかァァ!!」
アクセル全開、フルスロットルの状態で置いすがるミニパトは、ついに万事屋を射程に納めた。
『そこの万事屋ァ、停まりなさいー。特にその三番目振り落として、路肩に寄りなさいー』
沖田がスピーカーで指示すると、銀時は、ち、と舌打ちしてウィンカーを左に出した。
同時に土方も車を止めようとブレーキを踏むが、勢いのつき過ぎた車は、ブレーキに軽く足を乗せる程度では、 何の効果も無かった。
徐々にブレーキに掛ける力を強めていくが、それでもなかなかスピードは落ちていかない。
坂を下る勢いに、近藤と沖田も異変を感じたのか、ちらり、と土方を見た。
土方は何も言わない。
二人の視線を感じているはずなのに、何も言わない。
ただ額にうっすらと、汗を浮かべていることが、今の土方の心の内を表していた。
「土方さん、もしかして…」
「――」
「何か言って、トシィ!大丈夫だって言ってェ!」
「近藤さん、総悟、吹っ飛ばされたくなかったら、シートベルトしてどっか捕まってろ」
「いやァァァ!何、コレ!アトラクション!?ジェットコースター!?安全装置はァァァ!!」
「あるか、んなもんん!だから重すぎるって言っただろ!何だよ、このポンコツ! ギア落としてもブレーキ踏んでも、全然スピード落ちやしねェ!!」
「ふざけんな、土方コノヤロー!テメーが調子こいて下り坂でアクセル全開とかするからだろうがァ!」
「オメーらだって、ぶっ飛ばせ的な勢いで叫んでたじゃねェか!俺一人のせいにすんじゃねェよ!! ――しゃべんじゃねェ舌噛むぞ!」
「お母さァァァァァん!!!」
「姉上ェェェェェェ!」
「喋んなっつってんだろうがァァァ!!」
「くそ、だからテメーまで乗せるの嫌だっつったんだよ。スピードはでねぇし燃費は落ちるしバカな警察に止められるし」
「んなこと言ったって、仕方ないアル。定春、今日は安息日ネ。働かせられないヨ」
「何だよ、その安息日って。あいつがいつ安息日の創設が必要なくらい働いたんだよ。そういうのは定春よりもむしろ俺にくれ」
「何言ってるアルか。毎日が安息日のくせに」
「毎日じゃありませんー。三日に一回くらい働いてますー」
「銀さん」
「あ?」
「真選組の車なんですけど」
「ああ、まだ来ねぇのか。人のこと停車させといて」
「何か様子がおかしいんですけど」
新八の指さす方から、真選組の乗った車が迫ってくる。
減速している様子のないその勢いに、銀時は「おいおい」と笑った。
「一般道でなんつースピード出してやがんだ。あいつらこそ取り締まりの対象になればいいのに。 てめーらでてめーらを取り締まってれば良いのに」
銀時は迫り来る車を前に、彼らを指さして挑発するような素振りをした。
しかし指を指しながら、銀時は、ん?と首を捻った。
新八の言ったとおり、車内の様子がおかしい。
減速する気配もないし、何よりフロントガラスから見える三人の顔は、真っ青になって引き攣っている。
あの様子からして、絶叫渦巻く車内環境であることは間違いないだろう。
パトカーのスピーカーから、土方の声が響いた。
声、と言うより、叫びに近いだろう。
『そこをどけェェェェェェ!!!』
「やべェ!マジでこっち来るぞ!!」
「ウソォォォォォ!」
万事屋三人はガードレールを飛び越えて、蜘蛛の子を散らすようにその場を離れた。
次の瞬間、真選組のミニパトが、銀色のスクーターすれすれを滑り抜け、数メートル先でスピンしながら止まった。
ゴムの焦げる臭いと、アスファルトに残った黒いタイヤ痕が、車の突進がどれほど激しい勢いだったかを表している。
車内では近藤が泡を吹き、沖田は白目を剥いていた。
「て、てめーら…」
ただ一人、土方が何とかドアを開け、車の外に出て来た。
「三ケツ、ノーヘル、違法改造で――ご、御用だ…!」
「………」
作品名:普通車は四輪、軽だって四輪! 作家名:Miro