二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

金色の双璧 【単発モノ その1】

INDEX|10ページ/19ページ|

次のページ前のページ
 


 人っ子一人、気配さえ感じない処女宮。聞こえていた雨垂れの音も奥へ進むほどに小さくなり、やがては消えていった。
 同じ宮でも自分が守護する宮とは匂いも空気もまったく違うと思う。荘厳、とでもいえばいいのだろうか。いつ訪れても心地よい静けさに包まれている聖堂のようでもある。
「さて、気難しい聖者はどこにいるのやら」
 探りをいれてみると、どうやら奥の一角に気配を感じた。というより、匂いを嗅ぎ取ったとでもいうべきか。
 漂う匂いの粒子を辿るように進み、ドアを小さくノックする。しばらくの間を置いても中からの応答がなかったため、もう一度、今度はしっかりとノックしてみせた。それでもシャカの返事がない。しびれを切らしてドアノブに手をかけたとき、ようやく中から面倒臭そうなシャカの声が聞こえた。
「用事があるのならば、さっさと入りたまえ」
 小さく肩を上下させながらもアイオリアはドアノブを回し、扉を押して中に滑り込む。
「必ず部屋に入る時はノックしてから、おまえの了解を得た上で入れ―――と、この前おまえ言っただろうが……あれ?」
 声はすれども、すぐそこにいると思ったシャカの姿がすぐには見当たらなかった。誰もいないテーブルの上には奇妙なバランスを保つ山と詰まれた古い表紙の本ばかりが存在している。「なんだ、そこにいるのか」と見当をつける。
「了解しなくとも、君は入るつもり満々だったとみたが?」
「それは……」
 思わず口ごもりながら、声がする方へと更に進んでみれば部屋の片隅で涼しげな顔をしながら本を読み耽っているシャカを見つけた。石の床は多少なりとも座り心地が悪いのか、それとも底冷えするのだろう。適当に広げた毛布の上でぺったりと座り込んで。
「そんな隅っこで本に夢中か?」
 シャカと同じように壁にもたれるように座り込むとようやくシャカが顔を上げ、アイオリアと目を合わせると少しばかり驚いたように目を瞠らせた。
「アイオリア。なぜ君はずぶ濡れなのかね?」
 半ば諦め混じりのシャカ同様、アイオリアもまた呆れたように口を開いた。
「外は大雨だ。気づかなかったのか?」
「雨……あぁ、それで少し空気が湿っていたのだな」
 顔を上げ、ぼんやりと答えるシャカにアイオリアは思わずがっくりと項垂れる。こういう男だとは重々承知はしていたが。
「労わりの言葉はないのか、俺に」
「それこそ、なぜかね。君を労わらねばならぬ義務などあるまい。君が勝手に雨に濡れただけの話―――こ、こら、やめたまえ!」
 腹立ち紛れにシャカが着ている無駄に布量だけはある袈裟に向かって濡れた体をアイオリアは押し付けた。表面上の水分はばっちりシャカの纏う布へと吸収され、不愉快そうにシャカが濡れた箇所を摘み上げていた。
「本当に君は最低だな!」
「だったらタオルくらい貸せって。気の利かないやつ」
「君に言われたくはないが」
 ぶつぶつと不満を唱え出したシャカの前に服の間に忍ばせていた例のものをポンと取り出した。既に包んでいた紙袋はしんなりと程よいとばかりに水をたっぷり含んでいた。
 怪訝な面持ちでシャカは凝視している。
「―――この怪しげなものは?」
「紙袋が怪しくなっただけで、別に中身は怪しくないぞ?」
 恐る恐るシャカが手を伸ばし、紙袋を引っ張ろうとすると簡単に破れた。そしてビニールで厳重に梱包された茶色の包が現われる。
「……なおさら怪しくなったような気がするが?」
「デスマスクじゃあるまいし」
 茶色の包装紙で包まれ、ビニールで覆われた上に紐で縛られたそれは末端価格○万円とかそういった類を包んでいるかのようにも見えなくはなかった。
「雨が降るって聞いていたから。万一に備えてそうして貰ったんだよ。濡れたら元も子もないからな」
「ふぅん……」
 そろそろと手を伸ばし、ようやくシャカは紐を解き始めた。無造作にビニールを破り捨て、包んでいた紙から独特の香りが漂った。
「―――!これは……よく、見つけたな!アイオリア」
「褒めてくれ」
「状態もいい……前の持ち主はあまり興味がなかったようだな」
 そういって手にした物を嬉しげに眺めるとすっかり釘付けとなり、黙々と目を通し始めた。
「おい、シャカ――」
 アイオリアの存在さえ、すっかり忘れさったように夢中となっている。何がそんなに楽しいのか、その魅力の虜となることなどなかったアイオリアはシャカの手の中に落ち着いている古書を眺めた。物欲に欠けたシャカが喉から手が出るほど欲しいと言っていた本だった。
 アイオリアが見たことも聞いたこともない著作者が、古の言葉でシャカの耳元に甘く囁いているような気がした。沸々と胸の奥に歯痒さのようなものが芽生えたものの、読書の邪魔をしてもよい結果は得られないことは重々承知していたので、アイオリアはそっとシャカから離れようとした。
「?……なんだよ」
 クイと生乾きのシャツの裾を引っ張られ、シャカを見下ろす。シャカは相変わらず本から視線を移そうとはしなかったが、もう一度、先程よりは力を込めてアイオリアのシャツを引っ張るのだった。

―――ここにいろ、と。

「勝手なやつだなぁ」
 邪魔をされれば怒るくせに…そう思いつつも、腰を下ろすとアイオリアはシャカが無造作に置いていた本の一つを手に取るとペラペラとページを捲り始める。
 一定の間を置いて、紙が捲られる音だけが響く静かな一時。シャカを誘惑する恋敵の正体を見破ろうと試みたアイオリアだったが難解な言葉の羅列群はやはり、アイオリアの眠りを誘うには丁度よい睡眠剤だったようである。正体を見破るどころか、心地よい眠りの彼方へとアイオリアは押しやられたのだった。


Fin.