金色の双璧 【単発モノ その1】
Scene 16.嫉妬
まだ大丈夫だろうという予測はものの見事裏切られ、霧のような粒子はあっという間に大粒となり、今は陽に焼けた肌を叩きつけている。
二段、三段と飛ばしながら、急ぎ階段を駆け上ってはみるものの、豪雨と化した雨粒から逃れる術はない。濡れないようにと「大切な品物」を服の間に忍ばせてはいたが、水の中に飛び込んだとしか思えないほど、既に服はびしょ濡れだ。カサカサと乾いた音を立てていた紙袋の音さえもう聞こえない。すでに無駄な抵抗とわかっていても、腰を屈めるようにして僅かにでも中身を濡らさぬよう努力する。
こんなことになるのであれば、もっと別のものにすればよかったかもしれない――そんな思いもアイオリアの心に過ったが、これでなくてはいけないのだとも思い直し、濡れる石段を駆け上がった。いらぬことを考えたせいだろう。石段を洗うように流れ落ちていく泥水によって足を取られかけた。間一髪のところだったが、絶妙なバランス感覚が功を奏したことにより転倒は免れた。
―――あと少し。
がらんどうと化した自宮に到着したが、留まることはせずに通り抜けていく。
次の宮へと続く階段に足をかけた頃には雨の勢いも失いつつあった。心持ち軽くなった足取りのまま最後の石段を踏みしめたとき、目的とする宮の入り口へと辿りついた。
顔を上げれば降りしきる雨から此処の宮主を守るように佇む女性像が、雨の中から現われた訪問者を胡散臭そうに見下ろしている。
わずかに乱れた呼吸を整えるように湿った空気を思い切り吸い込んだ。晴れた日だと埃っぽさを含んでいるが、容赦なく降る雨が浮遊する塵さえも洗い流してくれたのかもしれない。冷ややかではあったが喉を優しく潤した。
雨も案外悪くはないなと思った瞬間、立ち止まったことで急激に体温が冷やされたのか、撫でるような寒さにぶるりと身震いをする。前髪を滴り落ちる滴に目を瞬かせ、まるで野生の獣のようにしなやかな動きで周囲に水飛沫を撒き散らしながら、宮の奥へと足を向けた。
作品名:金色の双璧 【単発モノ その1】 作家名:千珠