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金色の双璧 【単発モノ その1】

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2.

「……ふぅ」
 逃げ帰るようにアイオリアはあの場を後にした。ちゃっかりと大好物の果実は両手にしっかりと抱えて。バシャバシャと蛇口から勢いよく出た水で荒い流したあと、自分の頭もそのまま流水に突っ込み、水浸しになる。
 顔が熱い。いや、顔どころか、身体も熱くて、変な感覚に支配されているのがわかり、戸惑うばかりだった。
「なんなんだ、どうしたんだよ、俺……」
 むず痒さというか、そわそわと落ち着かない何とも言えない気持ちの悪さ。よくわからない衝動でじっとしていることができないような感覚。
「ああ、もう!」
 摘みたての果実を一つ口の中に放り込み、ジュワッと甘酸っぱさが広がる。もう日も暮れて辺りは薄闇に包まれていたけれども、吠え走りたい気分は収まらず、「よし」と両頬をパンパンと叩き、気合いを入れ、アイオリアは家を飛び出した。
 がむしゃらに全力疾走しているうち、次第に走る心地よさに夢中になって思いのほか遠い聖域の外れまで来ていた。
「なんだろうな、今日は。まったく、捻曲がった出会い運でもあるんだろうか……」
 そうアイオリアが呟いた理由は走っていた街道から下方に外れた場所にあった。
 小川というには少し深そうだが、のんびりとした田舎風景を思わすような川。闇の中に小さな光がふよふよと点滅しながら舞っていた。小さな光の正体はホタル。この季節になると川や池などではまだ見かけていた。
 小さな光たちは嬉しげにまるでそこらに生えた草木のように川縁でじっと座り込んでいる人物の周りを舞っていた。時々、それこそ草木と間違えて止まっているようだ。その様子が可笑しくて笑みを浮かべながら、ゆっくりとアイオリアはせせらぐ川縁まで近づき、声をかけた。
「よぉ、シャカ。虫に集られながら、こんな時間に、ここで何してるんだ?」
 わずかにアイオリアの方へ顔をシャカが向けると、髪に止まっていたホタルがふわっと飛んだ。
「別に集られているつもりはないが。私はここで悩んでいるだけだ」
「悩んでるって何を?」
 スッとシャカが指をさした方向に視線を向ける。暗くて少し見えづらかったが、反対側の川面近くの枝に布が絡まり巻き付いていた。
「突風が吹いて、飛んでしまった。割合に気に入っていたのだが、わざわざ川に入って濡れてまで取りにいくほど価値のあるものかどうかとね。考えていたら日が暮れてしまった」
 シャカが座り込んでいる横に並ぶようにして腰を下ろす。
「日が暮れ……ってどんだけ悩んでんだよ?そんなの小宇宙燃焼でパパッと取りに行けばいいんじゃないのか?」
「こんなくだらないことで小宇宙を使うなど言語道断だ」
「はは!そんなもんか?そんなくだらないことで考え込んで時間を無駄に潰してる方が俺からすれば勿体無いと思うけど」
 シャカらしい小宇宙省エネ回答に吹き出しながら、代わり映えしないシャカにどこかホッとする気持ちがあった。
「ふむ。確かに君のいうことにも一理ある。それはそうと、アイオリアこそ、このような場所まで何をしにきたのかね」
「ああ、俺は……ちょ、おまえ何し……!?」
 おもむろに立ち上がったシャカがグルグルに身体に巻き付けていた布を解き始めたのだ。慌ててその手を止める。一瞬にして夕暮れ時の生々しい光景がアイオリアの脳裏を目一杯埋め尽くしていた。
「何って……君が言った通り、無駄に時間を費やすよりはサッサと取りに行った方がよいと思ったのだよ。だが、衣を着たままでは水を含むと面倒なことになるから脱いでいるだけなのだが」
「わかった!わかったから!!おまえ脱がなくていいって、俺が取って来る!」
「何を言って……あ!」
 シャカの言葉に耳を貸す余裕なんてなくて、もうほとんど衝動のままにアイオリアは川へと飛び込んだ。思いの外深く、そして川の水は冷たくて吃驚したけれども、何とか向こう岸まで辿り着いて、シャカの大切な布を枝から引ったくるようにして取ったあと、シャカの元へと戻る。僅かな時間だったけれども、カッカと火照った身体は随分と冷やされた。