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金色の双璧 【単発モノ その1】

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3.
 兄の言葉に対して、アイオリアは不愉快そうに眉を顰めていた。
 シャカは徹底した秘密主義者で、時にそれはアイオリアからすれば無情にも感じるほどでもある。それは今までにも幾度か感じたことだし、自分はもしかして、シャカに信頼されていないのではないのではなかろうかとも思った。
 だがシャカはそういうわけではなく、自分の領域というものをしっかり保持し、依存するような関係にはなりたくないのだと言っていたのだ。その言葉をアイオリアは信じていた。
 そのことは尊重すべきことだと思うからこそ、不容易に彼の領域を侵すようなことはしなかった。
 それが、まるで間違っているかのようなことを言われているような気がして、アイオリアは兄の言葉に不満を感じたのだった。


「兄さんは…シャカが俺を信用していないって言いたいのか?」
「誰もそんなことを言ってないだろ?ま、多少それもあるかもしれんな。俺だったら、そんな酷いことを言った奴を相手に選んだりしないけどな〜シャカはやっぱり、奇特な男だな」
「だから、なんで……」
「―――シャカって、インド人なのにおよそかけ離れた容姿だと思ったことは一度もないか、おまえは」
 すっと急に真面目腐った顔をしたアイオロス。アイオリアはその目がひどく険しいものに変化したのを察知し、身構えた。それでも口ごもるように思ったことを伝える。
「そりゃ…まぁ…一度や二度はあるけど……」
「もしも、俺とおまえがまったく容姿や性格に似たところがなかったら…そうだな、サガぐらいに違ってたら、おまえは俺と兄弟だと思うか?」
 あくまで柔らかい声音と手厳しいまでの鋭い眼差しにアイオリアはたじろいだ。  
 兄は何を言わんとしているのか。その先を知るのが僅かに恐ろしいとさえ思ってしまうほどだった。
「悩み…そうだな、たぶん…本当に兄弟なのだとうかと疑うだろうな」
 じっとアイオリアを見定めるアイオロス。それは黄金の矢の瞳。鏃はアイオリアの心臓に向けられていた。
「シャカは……親にそう思われてしまったんだよ。容姿に加えて、あの力。黄金クラスは大概、生まれ持った奇異の力によって、多かれ少なかれ、聖域外では疎まれる存在だったりもする。尊敬されるよりは畏怖される。超越した力を持つ者、多数を占める思考とは異なるものや異なる姿をしたものを恐れ、排他しようとする人々のほうが多いわけだ。―――たとえ、その力によって救われたとしても。確かに、その時は感謝の念を示しても、それはひとときだけ。もしもずっと留まるようなことがあれば、彼らは恐怖を感じるのだ。―――アイオリア、恐怖を感じた人間はどうすると思う?」
「自己の生存…防衛本能のままに……時に相手を……攻撃、する」
「俺たち兄弟は聖域という特殊な世界で生まれ育った。周囲の理解がある、いわば温室育ちだ。まぁ色々あったりはしたけど、それでも過酷ではなかったかもしれない。シャカは―――実親や周囲の者たちから虐待を受けていたそうだ。生命に関わるほどのな。ほとんど虫の息で、寺院に保護されたらしい。本来は守ってくれるはずの親に見捨てられて。知らなかったとはいえ、おまえはそんなシャカに無邪気に笑ってこういったんだ……“おまえ、きっといらない―――”」
「―――やめてくれ!」
 それがどんなに惨い言葉なのか、皆言われずともアイオリアにもわかった。俯き、ぎりぎりと奥歯を噛み締めながら、アイオロスの嘆息を耳にした。
「―――バカなリア。おまえも俺のせいで過酷な時を過ごしたかもしれない。でも、もうおまえは癒されているよな?おまえを傷つけた者たちはおまえにきちんと詫びたはず。おまえ自身から、憎しみや怒りなどといった負の感情は露ほども感じないのだから。だが、シャカには本当に癒されるという日は来ないだろう。傷を与えた者たちから癒されることはないのだから。……同じ痛みを知らないおまえはどのような痛みだったか、それを想像するしかない。サガの仕置きを心の痛みとしておまえは捉えられるか?」
 こくんと頷いたアイオリアの頭をくしゃくしゃとアイオロスは撫で回すと、「よし」と満足そうな笑みを浮かべた。
「俺がシャカに取り成してきてやるから、それまでもう少し、へこたれていろ」
「兄さん、俺はシャカに詫びる資格があるのだろうか?」
「云った筈だ、傷を与えた者こそがきちんと癒すことができるんだ、と。結果的におまえは二度も傷つけた。詫びるしかあるまい。それに、おまえには別の癒し方もできるはずだ。……じゃ、ちょっとシャカのところに逢引に行ってくる。妬くなよ?おまえはいい子で獅子宮で待っていろ」
 もう一度、くしゃりとアイオリアの頭をかき混ぜると、アイオロスは自由なる翼のままに姿を消した。
 兄はやはり兄なのだな……そんな風に思いながら、その大きな存在にアイオリアは感謝の気持ちを抱いたのだった。