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金色の双璧 【単発モノ その1】

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4.
「だーれだ?」
「ふざけた真似を―――アイオロス、その手をどけたまえ」
 突然、両の閉じた眼の上に手を添えられたシャカは不機嫌そうな声で応対する。
「……まったく。おまえは面白くも何ともないなぁ。一発で当てるなよ?」
「私が君の能天気な小宇宙を間違えるはずがなかろう」
 ぺしりと軽くその手をシャカが叩いた。すると今度はがばりと背後からアイオロスがシャカを抱き締めた。
「こら、アイオロス!懐くなっ!」
 ゴロゴロと猫が擦り寄るようにシャカの背中に頬を擦り付けているらしいアイオロスを一喝すると、ようやくアイオロスはピタリとその動きを止めた。

 ―――しばらくの沈黙の間。

 シャカが怪訝に思ったとき、静かにアイオロスは口を開いた。
「―――シャカ、愛しているよ」
「は?」
 思わずシャカは自分の耳を疑ったが、もう一度念を押すように「愛しているんだよ、おまえを」と言われて、思わずシャカは小宇宙を爆発させようとしたが。
「アイオロス?」
 沈むようなアイオロスの気配を感じてすっと怒気を納めた。
 とても彼が悲しんでいるのがシャカに伝わってきたために、身動ぎさえできなくなってしまったのだ。
「……ごめんな、バカな弟で。ほんと、どうしようもないバカだからさ。でもな、シャカ。俺はおまえを愛しているよ。サガもおまえを愛しているよ。聖域にいるみんな、おまえを愛しているよ。アイオリアは中でも一番、深くおまえを愛しているんだということを忘れないで欲しい」
「アイオロス、君は……」
「アイオリアに謝罪のチャンスを与えてやってはくれないか?シャカ」
 真摯なる声音。
 どれほど真剣に、慎重に、アイオロスがその言葉を口にしているのかがありありと伝わってくる。アイオリアは本当に兄に愛されていると、シャカはほんの少し、羨ましく感じた。
「断る―――といえば、サガや教皇まで君は担ぎ出しそうだな」
 フッとシャカは肩の力を抜いて、軽く笑みを浮かべた。アイオロスが言うように、サガも教皇も……また、アイオロス自身もシャカにも愛情を注いでくれているのはわかっていた。
 アイオリアもまた同様に。そのことを疑ったことなどなかった。
 ようやくアイオロスは離れるとくるりとシャカを回転させて真正面に向き合うと、無理に作り出したような笑みを浮かべて見せながら、おどけてみせた。
「よくおわかりで。さすがは俺の愛しき乙女座さまだな?」
「―――誤解を招くようなことを言うな。気持ちが悪い」
 緩やかにカーブを描く眉をぴくりと動かしたシャカの手を取りながら、アイオロスはにんまりと笑った。
「ひどい仰りようだ。さてさて、気難しい乙女座様のご気分が変わらぬうちに、とっとと愚弟のところにご同行願いますかな?」
 おどけながら恭しくシャカの手を取ったアイオロスはシャカも感心するほどの完璧で鮮やかな瞬間移動術を見せながら、アイオロスは獅子宮にシャカを放り込むと、さっさと自分だけ消えてしまった。
 取り残されたシャカは呆れたように僅かに口元を緩めると瞳を開き、ぐるりと周囲を見回した。

 やけに静かな獅子宮。

 普段あまり感じたことはなかったが、目を開けて見回すそこは随分広いものだとシャカは思った。そして、ぽつんと所在なさげに柱の一つに背凭れて座り込むアイオリアを見つける。傍目からみても意気消沈しているのがわかる。
 シャカの気配に気付いたアイオリアがちらりと一瞬見たが、すぐに目を逸らした。そんなアイオリアから感じるのは困惑、後悔と罪の意識。
 そんな念をみてシャカはアイオリアが恐らく己の暗い過去を知ったのだろうと推測した。
「―――おまえの兄は本当におせっかいが好きだな」
 呆れたようにシャカはそう言いながら、アイオリアの隣に腰を下ろした。俯いたままのアイオリアからの返事はないままだ。
「そうそう、アイオロスに愛の告白をされた」
 ぴくりとアイオリアが揺らいだのを感じた。動揺しているらしいが、それでもアイオリアは口を聞こうとはしなかった。いや、聞けないのだろう。
「……良いものだな、愛の告白というものは」
 すうっと大きくアイオリアは何度か息を繰り返したのち、ようやく意を決したように一気にしゃべりだした。
「シャカ、俺はおまえがどんなに迷惑しようが、煙たがろうが―――俺にはおまえが必要だ。おまえがいらないだなんて、一度だって思ったことはない、女神に誓って。俺はおまえがいてくれて嬉しい。おまえが生まれてきた日を祝いたい。何よりも生まれてきてくれたおまえに感謝したい。シャカ、本当に悪か……」
 謝罪の言葉を全て言う前にシャカの手がアイオリアの口を塞いだ。
「アイオリア、私はそのような言葉は聞きたくはない。おまえから欲しい言葉は……わかるであろう?」
 朝陽を受けた硬い蕾が綻び、煌めくように咲く花の如くの微笑にアイオリアもようやく、目元を和らげた。アイオリアはシャカの手を掴むと、痩身を引き寄せた。
 そして、シャカの耳元でボソボソと何かを呟く。

「―――よき言葉だ」

 シャカはもう一度微笑んだのち、ふわりとアイオリアの胸に顔を埋めアイオリアには聞えぬほど小さな声で囁いた。

 ―――君のその言葉だけで生きていけるのだ、と。



Fin.