金色の双璧 【単発モノ その1】
Scene 34.寝起き
1.
からりと乾いた風は木陰に入ると、まだほんの少し肌寒ささえかんじさせたが、陽光の下では身体を動かすにはほどよい爽快さを伝えていた。それもあってか聖闘士を目指す少年たちの動きのキレもいつもより良いようだと土煙舞い上がる場所より高い位置にある闘技場の観客席でぼんやりと高みの見物をしていたシャカは思った。
片方の膝を立て、その上に肘を置き、頬杖をつくという姿勢で、シャカにしては珍しく、両眼を開いて闘技場の中央に視線を向けていた。
「……手加減なしだな」
少年の一人が受身の態勢もままならぬ状態で、激しく吹き飛ばされていた。そして一瞬の間も置かずに一人、また一人、と闘技場の土へと沈んでいく。一人の聖闘士を取り囲んでいた十数人たちは鮮やかなほどに、その聖闘士によって打ち倒された。
気付けば中央にはただ一人が勝ち誇ることもなく、いまだ闘気を静めずに仁王立ちしていた。昼日中にシャカをここへ呼び出した張本人だ。
どうせ呼び出すのであれば、もう少し色気のあるところでも選べばよいものを…とシャカは思わないでもなかったが、色気などという言葉とはとんと無縁な男であり、それがまた彼らしいところでもあるのだと、シャカは半分諦めの境地にいた。
積もりに積もった書類と格闘するサガの手伝いの合間を縫って、闘技場へと足を運んだシャカはそんな逆立ちしたって色気ナシの闘志剥き出し男に対して、苦笑を浮かべながら見つめた。
「やりすぎだ、アイオリア」
呟きが聞こえたわけでもないのだろうが、威風堂々と中央に立つアイオリアがシャカに向かって大きく手を振りかぶると、シャカを呼んだ。
「私を呼びつけるか…随分、出世したものだ」
フンと鼻を鳴らし、皮肉っぽく笑いながら、渋々立ち上がったシャカは亀の歩みほど遅い歩調でアイオリアのところまで向かった。
そんなシャカをアイオリアは苛々ともせず、のんびりと眺めている様子だった。実際、近づいてみればアイオリアの顔はニコニコと…いや、はっきりいってだらしないほどに鼻の下を伸ばしていた。先程までの闘気はどこへやらである。
シャカ本人にすれば、いたって普通に歩いているつもりなのだが、アイオリア曰く『鈴なるように優雅』で『花まみれな気分』になるそうだ。
私は歩くアロマテラピーか?と反論したシャカであったが、今のアイオリアの表情からして、十中八九そんな気分に浸っているのだろうと想像に難くない。
「訓練生相手に君が本気を出してどうする?」
開口一番、シャカの口から出た言葉にアイオリアはさすがに顔を引き締めると、苦笑しながら「だからおまえを呼んだんだ」と肩を竦めた。
「こいつらが黄金聖闘士の本気の力を知りたいってきかないものだからな」
ちょいちょいと人差し指を動かし、さらにシャカを近づけさせたアイオリアは声を低めて「これでも手加減したんだが」と耳打ちする。それでこの有様なんだ…とも付け加えた。
「まったくおまえは……」
息も絶え絶えといった少年たちの姿に視線を向けながら、せっかくの晴天を曇らすほどの勢いでシャカは盛大に溜息をついた。面倒臭そうな表情をするとシャカは両眼を閉じ、パンッと小気味よい音を鳴らし合掌した。
「動ける程度にすればよかろう?」
痛みをすべからく取り除く必要はなかろう、とシャカらしい慈悲の言葉。それに対して「ああ」とだけアイオリアは答えた。
続いて印を結んだシャカの口から小さく音が発せられ、ふうわりとした淡い光と小宇宙の渦によって沸き起こった風が撫でるように倒れた少年たちを包み込んでいった。呻き声しかなかった少年たちの口からようやく「痛い」という言葉が出始め、しばらくするとよろよろと立ち上がるまでに回復していった。
「これでよかろう?」
「充分だ。ありがとう。もう少し待っていてくれたら、終わるが」
「サガの手伝いが残っているので、暇はない」
あっさりとアイオリアの申し出を断ったシャカは返事を待たず、今度はスタスタと早歩きで離れていった。
「じゃあ、今晩おまえの宮に行くから!」
背にアイオリアの言葉を受け、了解したというようにシャカが右手を上げた。
作品名:金色の双璧 【単発モノ その1】 作家名:千珠