lotus
7.散華
「それでは、シャカよ。この門を開けてみてくれるか?」
ぎゅっ、とシャカが私の手を握った。教皇を前に、緊張しているらしいシャカはちらりと私を仰ぎ見た。共に立ち会っているアイオロスにもちらりと視線を泳がすように顔を向けていた。
シャカが緊張するのも無理はなかった。偉大な聖域の教皇は圧倒的な小宇宙を身に纏っている。ただ、立っているだけでも威圧感を感じるほどのもの。
シャカは目を閉じているからなのか、そのあたりの感覚を察知するのは特に優れているように思えた。だから、余計に緊張するのだろう。そんなシャカの緊張を解すようにありったけの造り笑顔を、私はシャカに差し向けて、小さく頷く。そして、その小さな手を離した。
(―――ああ、行ってはいけない。シャカ)
シャカは意を決したように、しっかりとした足取りで、蓮のレリーフが施された圧倒的な大きさを誇る門の前に立った。小さなシャカはその門が放つ異様な拒絶感にも怯むこともなく、一度、二度と深い呼吸をして、心を落ち着かせていた。
(ーーー開いてはいけない、シャカ)
そして、ふうわりと風が巻き起こった。黄金色に輝く、紛れもない小宇宙とともに。辺り一帯を包み込むほどにそれは力強いもの。
知らなかった。
わからなかった。
こんな風に素晴らしい力を内在させていたことに。どうして気づかなかったのだろう。いや、薄々気づいていた。ただ、認めたくなかっただけ。恐れていただけ。
幸せの時を破壊される、この瞬間が訪れることを。
「おお......」
教皇の感嘆の声が上がる。シャカを包み込むような淡い光の風が、仄かに香る花の匂いを私の元へと運んだ。振り返ったシャカに息を呑んだ。想像した以上に、聡明で力強い双眸を私に手向けられていたから。
ずっと閉じられていた瞳が、なぜ、こんな時に開かれたのか。悲しく思いながら、圧倒的な美しさに包まれていくシャカを見守るしかなかった。眩しく見つめるシャカの口元が小さく動き、言葉を紡ぎ始めた。声は届かなかったけれども、胸に突き刺さる言葉だった。
一度ならずも、二度までも。
その身を贄として捧げられた聡き子はすべてを理解していたのだろうか。
―――さようなら。サガ。
そして、ありがとう。
(―――ああ、"逝って"しまうのか、おまえは)
小さなシャカ。
私だけの、愛しい子供。
乙女座によって、その命が貪り喰われていく。
貫く胸の痛みに卒倒しそうになりながらも、かろうじて立ち続けた。それが私ができるシャカへの最大限の愛情だったから。
「サガ.....」
心配げに覗き込んだアイオロス。だが、弾かれたように一歩下がると、二度と私に近づこうとはしなかった。
「素晴らしい、じつに素晴らしい。バルゴの誕生だ!」
嬉々とする教皇の声がひどく耳障りだった。
―――何が、バルゴの誕生だ。
愚かなこと、この上ない。
戦いに身を投じるだけの、ただの道具が、製造されただけではないか。
あの腐海の中で奇跡的に残された種子は時間をかけながら、確かに私の手の中で芽吹き、花開いた。
泥中の中にあっても、美しく、清らかに咲き誇る蓮のように。
私だけの、命だった。
たった今、音もなく、消失してしまった。
気高き乙女が、その美しい命の花を摘み取ったのだ。
二度とは戻らない、珠玉の時。
この手から、こぼれ落ちていった。
私の、
大切な、
尊い命は、
儚くも散った。
―――否。
奪い去られた。
簒奪者を私は―――
ユ ル サ ナ イ
Fin.