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lotus

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「シャカ――」
 自宮に戻って、シャカをすぐさま呼びつけた。今は懐かしくさえ思う、毬栗頭の面影は全くない、綺麗に肩口に切り揃えられた金色の髪が見えた。さらりと伸びやかに舞わせながら、トンと私の腰に勢いよく飛び込んで来たシャカをそのまま、抱え上げる。 
 顔が同じ高さになるまで抱えると、ほとんど条件反射的にシャカは腕を伸ばし、私の首へと巻き付けて、私のくせ毛の中へと顔を埋めた。
「おかえりなさい、サガ」
 透明で、溶け込むように柔らかな声が耳元を過ぎる。どれだけ、私はこの声に救われたことだろう。
「シャカ」
 ぎゅっとシャカを強く抱きしめる。儚かった身体も、しっかりとした鼓動と命の重み、ぬくもりを伝える。けれども、まだ早い。―――早過ぎる。
「ただいま......シャカ」
 何処にも行かないでくれ。何処にも行かないで欲しい。お願いだから。
「どうしたのですか、サガ?」
「何でも......ないよ、シャカ。よく聞いて、シャカ。――明日、大切な用事がある」
「大切、な用事......ですか?」
 すとんと下ろしたシャカの視線に合うように、両膝をついた。正直、もう私の両足には力が入らなくなっていた。鉛のように重く、氷のように冷たく、麻痺していく。
「うん、シャカ。とても大切な用事だよ。――シャカは知っているかな、処女宮という場所を」
 どうか......知らない、と答えておくれ―――シャカ。祈るような気持ちで尋ねた。
「しょじょきゅう......ですか?」
 わからないと首を傾げるシャカに説明を加える。知らなくてもいい、わからなくて当然の場所。
「アイオリアのいる場所の次の宮。綺麗な女の人の像がある場所、だよ」
「あ!」
 合点がいったらしく、花が綻ぶような笑みをシャカは浮かべてみせた。この頃には本当に喜怒哀楽がわかるように表情豊かになったシャカ。それがどれだけの幸せを私に与えてくれたことか、当の本人は知らぬことだろう。
 けれども、この時ばかりは恨めしくさえ思った。シャカとは正反対に私は笑顔を忘れ、無表情となっていった。
「知って、いるんだね。シャカ」
「......はい」
 敏感に私の感情を感じ取ったのか、シャカは不安そうに答えた。いけないことをしたのだろうか、と睫毛が不安げに揺れていた。精一杯、感情を押し隠すように私は笑みを造り上げた。得意としていた所作のはずなのに、シャカの前ではひどく労力を要するものとなっていた。いつの間にか私はシャカの前では自分を偽ることなどできなくなっていたようだ。
「教皇さまが、シャカにお願いがあるそうだ」
「きょうこうさま......とても、えらいひとですよね?シャカに、おねがいがある、のですか?」
「そうだよ、シャカにお願いがあるんだ。処女宮の門を開けて欲しいそうだ。できるかな、シャカ」
 私はなぜ、こんなことを言っているのだろう。シャカに開けさせてはいけないのに。どうして?
「サガは?サガは開けてほしい、のですか?」
 閉じたままの瞳が私をまっすぐに見つめていた。一度たりとて目撃したことのない、聡明であろう瞳が、瞼を通してじっと私を見つめているのだ。薄っぺらな嘘など、簡単に見透かしてしまうかのように。
「――うん、そうだよ」
 嘘だ。私は開けて欲しくなどない―――私の望みは違うのに。聖闘士としての私が容赦なく、私を殺し、替わって、嘘を吐くのだ。
 心臓の辺りが痛みを発していた。流れてもいないはずの血溜りが足下に広がっていくような気がした。
「わかりました、サガ」
 シャカは開き始めた蕾のような笑みを浮かべてみせた。いっそ、蕾のままで時を止めることができたなら、と叶うはずもない望みを強く願った。

作品名:lotus 作家名:千珠