lotus
3.萌芽
「―――シャカ」
「シャカ」
「シャカ」
何度も、呼んでみた。けれども、当人はピクリとも反応することなく、ただ、ベッドの上で生えていた。実際、そう表現するしかないような状態なのだ。
土から顔を出したばかりの朝顔の芽のような風情で、身じろぎひとつしないのだから。
子供の名前は「シャカ」だということが判明したのは、つい最近のこと。それは教皇の法力によるもので、どのようにして追求されたのかはわからなかったけれども、深層心理にでも働きかけたのかもしれない。
下手をすれば傷を残す可能性だってあったはずだが、そうでもしなければ、この子供の名前すら判らないまま。不便というよりも不憫でならなかったこともあって、慎重に探られたらしい。
負担をなるべく軽くしようと執り行われた結果は、名前のみを知ることができただけ。この子供の素性などは、一切わからないということだった。
『どのくらいの期間、あの暗闇の世界の中に、なす術もなく放り込まれたままだったのか。恐怖、飢餓......絶望。負の気に満たされたはずの子供。その代償、影響は計り知れないもの―――』
噎び泣くような暗い声で語る教皇の言葉を、暗澹たる想いで私は受け止めるしかなかった。そして与えられた命令は、私にとって福音のごとくであった。
本来ならば許されないことではあった。聖闘士ではない子供の世話をすることなど。けれども、行きがかり上、この子供がある程度成長し、この土地で生きて行くことができるようにと特別の計らいにより、許されたのだ。私は何の疑いもなく、教皇に言われた言葉を鵜呑みにして、ただの子供として生きていく力をつけるためにだけに、シャカの世話をしようと思ったのだが。
今思えば、恐らく、このとき既に教皇には判っていたのかもしれない。この子供......シャカには聖闘士としての素質があったということを。
それも抜きん出た力を持つ、最強の黄金聖闘士になるであろうということも。