lotus
4.伸長
ぱくり。
もぐもぐ。
ぱくり。
.......
........
.......ぺっ。
「こら、シャカ、ちゃんと飲み込みなさい。食べなくちゃ、しっかりと」
小さなスプーンに少しずつ、食べやすい大きさに整えた食事を、乗せては口元へ運ぶ。食べ零したものを摘んで私は口に放り込んだ。そんなに不味くはないはずだけれども......とつい、愚痴を零す。
食事の時間は苦行の一つだった。なかなかに食べようとしないシャカ。元々、食への欲求がないに等しいのか、当初は本当に食べさせることに苦労した。なかでも全くといっていいほど、肉類は食べようとはしなかった。口に入れても吐き出してしまう。代わりになるものを探して、工夫して、食べさせるしかなかった。
救護施設でも、無理矢理といってもいいほど、強行な手段で食べさせていたらしい。そのためか、食事が運ばれてくる時間には、ベッドに潜り込んで手間をかけさせた。食事を食べさせるのに、下手をすれば2時間過ぎていたこともあった。なので、今は少量を数回に分けて与えるようにしていた。
教皇の許可を貰って、今はシャカを自らのそばに置かせて貰ったから、融通は利いた。救護施設にいても、この子のためには良いことなど何一つないと、判断したからだ。一つずつ、この子供に教えていかなくてはいけない。生きて行く為に必要なすべてを。一人になっても生きていける術を。
シャカはちゃんと理解できているはず。言葉の意味も、行動の理由も。だから、押しつけでは駄目なのだ。ひとつひとつ丁寧に、噛み砕いて説明しながら、関わっていくことが大切なのだ。救護施設では到底、一人の子供のために、そこまで時間を割いてなどできないだろう。
何度も、何度も、名を呼んで、子供の名前はシャカなのだと認識させた。その甲斐あってか、今ではシャカ、と私が名を呼べば、耳を澄ますように声のする方向に顔を向けた。
不思議なことに目は閉じたままでありながら、私の姿を追うようなことさえしていた。一度、柱にぶつかりそうになったことがあった。だから、シャカに危険がないようにと腰帯を少し長くして、シャカに持たせた。シャカはそれをギュッと握り締めて、とことこと裸足で私の後ろをついて回った。
幾度も下履きを履かせようと試みたが、何故だかひどく嫌がった。服にしても男の子だし、とズボンを履かせようとしたのだが、これもまたお気に召さないらしく、結局ワンピースのような丈の長い物を着せるしかなかった。短く刈り揃えた髪には微妙な出で立ちであった。髪を伸ばしたほうがいいかもしれないなと、この時思ったものだ。
一日の大半はシャカを中心に回っていた。言葉を覚えさせる為に、私は何をしているのか、何を思っているのか、ひとつひとつのことを丁寧に説明しながら。
数度の食事を作って、シャカにゆっくりと与える。そして、シャカが眠りについている間に訓練をする、といった日常へと変わっていた。
そんな私の変化をアイオロスは好ましいことだといった。一時期、私は不安定でひどく彼を心配させていたらしい。そのことに関して、詳しくはアイオロスといえども話すことはできなかった。
彼は知らぬことであったが、その頃は半身であるカノンとの諍いに疲れていた頃だ。結果としては最も不幸な形となって、その諍いの幕は閉じたのである。今でも悔やんでいる。もし、やり直せるなら―と。
どこかで、カノンへの罪の意識があった。こんな風にシャカを世話するのはあいつにしてやれなかったことを、シャカで埋めようとしているのかもしれなかった。
「―よし、完食。いい子だ、シャカ」
嬉しくてぐりぐりと頭を撫で回す。そして、頬にキスをするとシャカはくすぐったげに首を竦めた。少しずつ、本当に少しずつではあったが、右肩上がりにシャカの体重は増していった。骨と皮だけだった身体も、押せば少し弾くほど、肉づいた。痩けていた頬もふっくらとして、触ると心地よかった。
「さぁ、シャカ。お昼寝、しようか」
食事を片付けて戻ると、時々椅子の上でかくん、と揺れるシャカを抱き上げて、彼用のベッドへと移した。すうすう安らかな寝息を立てるシャカをそのまま眺めていたいと思わなくもなかったが、貴重な鍛錬の時間でもあった。惜しみながらもその場を後にした。
この頃はそんな小さな幸せを私は噛み締めていたのだった。