混迷疑心のコンパートメント
個室の前に見ず知らずの2人が立っている。俺は息をひそめて結果を待つしかなく、何事もなくその足音が去っていくのを聞いて思わずガッツポーズした。俺は運命に打ち勝ったのだ! 目の前にはカラフルな勝利の鍵が引っ掛かって垂れている。
結局俺を救ったのは、例のコスプレ衣装だった。
2人が近づいてくる直前に、俺は外から見えるよう、コスプレ衣装を扉の上にひっかけたのだ。外の2人は明らかに女物であるその衣装を見て、中で女の子がコスプレに着替えているのだと思ってくれたようだ。まさか女子トイレに女物の衣装を持ちこむ男はいないだろうという彼女たちの思考の盲点を突いた、この俺ならではの華麗なる大逆転勝利!! 無事生還の暁には、このミッションをプロジェクト・ロキと名づけよう!……と久しぶりに鳳凰院が顔を出せるくらい、俺の精神のゲージは一気に回復していた。
しかしこんなところで勝利にひたる余裕などない。一刻も早くこの場を脱出してこそのプロジェクト・ロキであろう。俺は急いで扉にひっかけた衣装を袋に詰め込み直し、周囲が静かなのを耳で確認してから素早く個室を出ようとして扉にはじき返された。なぜか異様に個室の扉が重い。建てつけが悪いようで女子だったら為すすべなく閉じ込められそうな扉に体当たりして無理やり突破! 勢いを殺しきれずによろめいて、それでも脱出の喜びに思わず頬が緩む俺が見たのは……
……涙目のまゆり。
「ごめんね、オカリン、まゆしぃがもっとオカリンのことを構ってあげられたら、オカリンはこんなことしなかったよね……」
「違う、誤解だまゆり!!」
見た目に反した俊足で走り去るまゆりを俺は追いかけようとして、出口に待ち受けていた紅莉栖にすぱーんと頬を張られた。
「あんたは! そんなことするような奴じゃないと思ってたのに!!」
憤りで涙目になっている紅莉栖にどうにか事情を説明したい気持ちはあったが、この状況で話を聞いてくれるような女性はたぶん存在しないだろう。信じられない!と真っ赤な顔で言い放ちまゆりの去った方向へ大股でずかずかと歩き去る助手。残るのは叩かれたショックでぼんやりしていた俺と、おろおろとする涙目のルカ子だけ。よろりと力を失い、俺の腕にしなだれかかるルカ子。
「……岡部さんごめんなさい……これ……僕のせいですよね……!」
作品名:混迷疑心のコンパートメント 作家名:Rowen