二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

HOLD ME NIGHT

INDEX|3ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 

悲しい予感に思考回路が凍り付いて、不意に言葉を失くす。自転車のクランクが鳴らすキコキコという音までもが物悲しく聞こえて、その胸を塞いだ。辺りに立ち込める暗闇と静寂が一層、孤独感を煽る。ナカジにしてみれば他愛もない間だったのかも知れないが、

『大袈裟だな。世界中などと恥ずかしいことを言うな』

照れ隠しか、舌打ちと共に返された文句も笑って流せない程に想いは、募りゆく。そうしてタローが押し黙ると、それ以降、会話はぷっつりと途絶えた。
元々、二人の会話量の半分以上はタローが喋繰っているのだ。先程までのように、そこに音楽的話題が絡めばその占有率は逆転するのかも知れないが、普段話をリードし、口数の少ないナカジに発言を促す役割のタローが口を閉ざせば、自ずと、

「……………………」
『……………………』

二人の間には耐え難い沈黙が訪れる。籠の中のラジオだけが、この場には不釣合いなポジティブサウンドを紡いでいた。
キュートでクリアな女声が映える、アップテンポなソフトロック。底知れぬ不安に囚われた頭の上を通り過ぎてゆく、薄っぺらい愛の詞(ことば)。
ラブだのマイ・スイートだの、そんな言葉では表し切れない想いがある。タローは、何の反応もない携帯を強く、強く握り締めた。

「……………………」
『……………………』

祈るような気持ちで、彼の反応を待つ。あの深みのある低い声で、

「……………………」
『…………タロウ? ……おい、生きてるか?』

自分の名前を呼んでほしい。その声だって、直接聴きたい。

「なかじぃ…………」

取り敢えず、名前を読んでもらえたことに安堵した。夜の所為なのか、妙に感傷的になってしまったこの胸にその声はじわりと沁み込んでくる。
……感傷的と言えば聞こえは良いが、ただの我侭だと言ってしまえばそれまでだろう。そう分かっていても止められない願いに、心は弾んだり、萎んだり、痛んだりと忙しい。『何だよ』と無愛想に訊ねる声は、確かに今、自分だけのものだけれども。

「あのさあ」
『だから、何だよ』
「もし……もしもだよ? ナカジがこの先デビューして、人気が出てさ、ライブのチケット五分で売り切れちゃったり、武道館一杯になる位ファンが出来ちゃったりしても」

即座に『どういう妄想なんだ、それは』と突拍子のない仮定に呆れたような台詞が返ってきたけれども、冗談を言っているつもりは微塵もない。タローは極めて大真面目だった。
柄にもなく、こんな憂いに心を囚われてしまうのは、今夜のあまりにも清かな月の所為だろうか。真っ黒な世界にぽつん、と取り残されたかのような光に重ね合わせてしまう。……一人にしないで、離れていかないで。

「今までみたいに、俺が『歌って』って言ったら、歌ってくれる?」『あ、ああ……? ……それは構わないが、今更何を』
「俺が『会いたい』って言ったら、会いに行っても良い?」
『…………お前、俺を何だと思ってるんだ?』

「だって、」

『だって』、君が好きだから。皆の為にではなく、自分だけの為に歌ってほしい。誰よりも近い筈のこの距離を、広げてほしくはない。
ナカジを取り巻く環境が変わることで、自分とナカジとの関係が変わることがないように願いたい。けれども、そんな未来はいざ訪れてみなければ分からないものだから、どうしたって不安は拭えない。今でさえ、会いたい気持ちを抑え切れない程、大好きなのに。
音楽の道を進むことで、彼が自分から離れて行ってしまったなら、

「そうなっちゃったらっ、俺…ッ………!?」


恋しさと切なさに押し潰されてしまうだろう。

その旨をタローがナカジに訴え掛けようとした瞬間、暗闇が掻き消えた。視界は目が眩むまでの白に覆われて、タローは反射的に顔を上げる。事態が、飲み込めなかった。
天上で輝く月とはまた違う光が辺りを包んでいる。……その中に、狭い路地に無理矢理嵌め込まれたような巨大なシルエットが見えた。
目の前に迫り来るそれがトラックであると気が付いたのは、鼓膜を劈く音量で夜を引き裂いたブレーキ音、それがナカジとの通話に差し入れられたからだ。

キキキキキキキキー―――…


……ああ、そんなに大きな音を出されたら、


――……キキキキー――――…ッ!


彼の声が、聞こえなくなってしまう――――…



「ッ、あ――――………」



聞こえなく、


どん、がしゃ――カシャがたガチャ……






聞こえなく、なった。








「………………………」


紡ぐ言葉も失くして、蹲った背中に投げ掛けられる、声。


「ッ…ぶねえなぁっ! 死にてえのか、バカヤロー!」

エンジン音と共に走り去る罵声は、ナカジの声などではない。ズキズキと痛むこめかみの奥で反響して、更にその痛みを加速させた。
激痛に苛まれるのは、頭だけではない。石塀に思い切り擦った腕には広範囲に渡って擦り傷が出来ているし、コンクリートに強く打ち付けた膝はじん、と痺れて動かすこともままならなかった。
痛い、死ぬ程。だが、痛覚があるということは、生きているということだ。

「…………い…っ……てえ……」

すんでのところでハンドルを切ったお蔭でトラックとの正面衝突は回避し、代わりに塀との正面衝突を果たしたタローは、自転車と塀との間に横たわりながら、血の滲む唇で呻いた。
カラカラとホイールが宙で回る音がする。ゆっくりと目を開ければ、自転車が自分の上に覆い被さっているという何とも不可思議な構図に驚く。そうして、誰もいなくなった路地の端っこで声を張り上げた。

「バカでッ、バカで悪かったなあああッ!!!」

――と。自業自得極まりない惨状に対する開き直りと、自嘲。

タローの虚しい叫びは、静かな夜空へと吸い込まれて消える。いつの間にかBGMのなくなった月夜は、耳が痛む程の静寂に満ちていた。
いや、耳の痛みはその圧倒的な静寂からくるものなのか、それとも、転倒した際に擦り剥いたか何かしたのかは分からなかったが、兎に角、辺りは静まり返っていたし、タローは満身創痍の身体を苛む激痛に顔を顰めていた。涙目で身体を起こそうとして、

「痛ぅっ!」

またしても全身を貫いた痛みに、声を上げる羽目になる。タローはその場にしゃがみ込んで、もう一度、激痛の走った脚を見た。右の足首が酷く腫れていた。捻ったか挫いたかしたのだろう。そうして足元を眺め見た時、無惨にも分解したラジオに気が付いた。
本体と電池カバーと電池とが、あちらこちらに転がっている。その為に音が消えてしまったのだ。あのソフトロックも、愛おしい、

「…………携帯は?」

彼の声も。

状況を確認するように呟くと、タローはがばっと跳ね起き――…掛けて、またしても痛みに身を捩った。己の学習能力のなさに辟易するが、落ち込んでなどいる場合ではない。中腰のままで辺りをキョロキョロと見回す。
真っ赤なボディの携帯電話は防水仕様に加え、衝撃にも強いとのコピー付きで、買った当時は『注意力散漫なお前向きだな』と彼にからかわれたことを思い出す。だから恐らく、壊れてはいないのだろうが中断された会話が気になった。数メートル先の曲がり角まで飛ばされていたそれを見付けて、立ち上が、
作品名:HOLD ME NIGHT 作家名:桝宮サナコ