Like a dog 2
2.ハリーの誘惑
放課後、ドラコは廊下を歩いていた。
今日はクィディッチの練習もないし、監督生としての退屈な会議の招集もなく、それ以外の予定も何もなかったので、気分はすこぶるよかった。
本当のフリータイムだ。
しかも定期購読している『クィディッチ マガジン』が届いたばかりで、毎号届くのを楽しみしていたドラコは、それをじっくりと読むつもりで中庭のほうへと向かっていく。
誰にも邪魔はされたくはなかったので、今はお付きのふたりもいなかった。
軽い足取りで石畳を降りて庭へと足を踏み入れると、柔らかな土の感触が靴底に伝わってくる。
天気は上々で、吹き渡ってくる風は心地よかった。
目を細め機嫌よく、まっすぐ奥のベンチへ向っていく。
ドラコはこういう景色が好きだった。
緑が豊かで木々が青々と茂り、花壇には色とりどりの花が咲いている。まるで自宅のマルフォイ邸のようだ。
このホグワーツは古城を学校として使っているので、どっしりとした重厚な作りは最初から気に入っていた。
彼がずっと過ごしていた屋敷ほど豪華な細工はなかったけれど、その年代を経た格式に満ちた作りは心が落ち着く。
ここの中庭の広さも、自宅のサンルームへと続くガーデンと似通っているのもいい。
天気のいい休日、実家の庭のテーブルでよく本を読んでいるのが、自分の一番のお気に入りの時間だった。
笑みを浮かべたまま、伸びた枝をかいくぐり、木々がトンネルのように続いている小道を抜けていくと、そこに隠れるように石で作られたベンチがある。
本当に奥まった場所に生垣に隠れるようにポツンとひとつだけ置かれたベンチだったので、ここまでやってくる者はめったにいない。
むしろこんな場所があることを知っている生徒ですら、そう多くはなかった。
つまりここはドラコのとっておきの隠れ家的な場所だった。
機嫌よくそこに座ろうとして、ドラコの足が止まる。
誰かが先に座っているからだ。
しかもその後姿はとても見覚えがあるものだ。
くしゃくしゃに跳ねまくっている黒髪の持ち主は、この大勢の生徒がいる学園内でもたった一人しかいない。
しかもこのお気に入りの場所は、確かにハリーもお気に入りで、時々ここで顔を合わせることは別段珍しいことではなかった。
しかし、今は自分ひとりで過ごす放課後をドラコは今日一日、とても楽しみにしていたのだ。
いくら相手が先に来ていたとしても、知ったことではない。
この全員が共同で過ごす寮生活が当たり前の学園では、プライベートな一人きりの時間を持つことはとても得がたい楽しみでもある。
みるみるドラコの眉間にシワが寄った。
「なんでお前がいるんだ、ハリー?」
低い不機嫌な声で問いかけると、その声にハリーは振り向く。
「ドラコ!」
今まで無表情だった相手の顔が、一瞬で笑顔に変わった。
「ドラコ!」「ドラコ!」
と言いながら立ち上がると、転がるようにこちらに走ってくる。
バタバタと落ち着きのない足音を立てて、勢いよく抱きついてきた。
「ちょっ……、ちょっと待て、ハリー!」
そう静止する前に、飛びつくように全身を預けてきたので、ドラコはたまったものじゃない。
相手のほうが一回りは大きいのだ。
もちろんその体重を受け止めることなどできなくて、ドラコは勢いよくひっくり返った。
弾みでしたたか腰を打ち、悲鳴を上げる。
手に持っていた雑誌は吹っ飛び、一瞬で背中はドロだらけになり、しかもハリーは自分の上に乗っかったままだ。
「ハリー!!」
ドラコはこの上もないほど怒った声を出す。
「ドラコ!!」
同じように相手の名前を呼んでいるハリーは、すこぶるご機嫌だ。
互いの気持ちがかなりすれ違っている。
「ハリー!」
ドラコは怒りと痛みでうまく言葉が続かない。
「ドラコ」
名前を呼ばれるのが嬉しいのか、ハリーは相手の呼びかけに何度も同じように相手の名前を返してきた。
「違う!何嬉しそうに答えているんだお前は」
「じゃあ、マルフォイ!」
「そうじゃない」
「だったらハニーとか?ベイビーとか?それとも二人だけのあだ名でも付けようか?」
「いい加減にしろ。誰がそんなことを……。ン、んんーっ」
ドラコが口ごもる。
怒りにまかせて相手をきつく睨み付けたら、ハリーはそれをしっかりと受け止めたまま、口付けをしてきたからだ。
言葉が一瞬にして相手の口の中へと飲み込まれ、ハリーの唇が自分と重なる。
驚き顔を横に振り逃れようとすると、あっさりとそれは外れた。
ぷはっと息継ぎのように口を開くと、その顔を見てまたハリーが笑う。
「かわいい」「好き」
などという言葉を言いながら、ハリーはドラコのほほやおでこに音を立ててキスをした。
チュッチュッと吸い付くと勢いよく離して、またキスをする。
飽きると舌でそのほほを何度も舐めてくる始末だ。
ほほ、おでこに瞼、首筋もくまなく舐めてくる。
両手はせわしなく、ドラコの髪を撫でたり、銀の髪の中に指を突っ込んで逆にぐしゃぐしゃにするようにかき混ぜたり、肩をぎゅっと抱きしめてきた。
ドラコは舐められてほっぺたが唾液まみれになることに顔をしかめたりしたけれど、それ以外のことには別段暴れて逃げ出そうとはしない。
自分の上に乗っかったままハリーの一通りの行為が落ち着くまで、大人しくされるがままになりながら、ついでのようにハリーの背中まで撫でる。
やがてハリーはキスとハグを一通り済ませると、相手の胸元で満足そうな息をつく。
「ほぅ」とため息のような声を聞いて、クスリとドラコは笑った。
「やっと落ち着いたか」
「うん」
まるで子どものような頷きに、ドラコの目が細くなる。
ハリーは自分の行為に少し恥じたような顔をしていたので、その柔らかなドラコの笑みに俄然元気を取り戻したようだ。
「いつもみたいに怒らないの?バカとかアホとか容赦ない毒舌に、怒りのパンチと蹴りが飛んでくるのに」
「怒るも何も、まるでチビそっくりだからな。久しぶりに帰省したときの、僕を見たときのチビと同じことをするんだから、慣れているよ」
「……もしかして、犬のこと?」
「ああ、ペットの犬のチビだ」
「犬なの?」
「犬だ」
うぅーっ……と言いながら、ハリーは首を振る。
「おかしいと思ったんだよなぁ。いつもはこんなことをしたら、ものすごく怒りまくるのに、今日はサービスがいいんだと思ったら、犬のチビか……」
「それ以外に何がある?」
「恋人のキスと抱擁」
「―――ほぅ……。殴られたいのかハリー、君は?そっちのほうが好みなら、僕はそれでもいいけど……」
ドラコの瞳がいつものきつい見下すような、薄いグレー色に変わっていく。
「めっそうもない!犬でいいです。君のペットのチビの身代わりでも、なんでも!」
「そうか。そうだよな。君はそれでいいと約束してくれたんだし」
ドラコがもったいぶったように鷹揚に頷く。
ハリーは情けない顔を隠しつつ、愛想よく笑った。
そのついでにまだドラコが自分の上から降りろとか言わないことをいいことに、シャツ越しに伝わってくる体温の気持ちよさとか、その肌の柔らかさを堪能しつつ、まんざらでもないハリーは、そこにほほを擦り付けながら、「ねぇ」と甘えた猫なで声を出した。
作品名:Like a dog 2 作家名:sabure