お嬢さんを私に
だが。
しかし。
それでも。
「それは、違います」
ベルゼブブは佐隈の父を真っ直ぐに見て、力強い声で言う。
「さくまさんは、いえ、あなたのお嬢さんは、勉強以外は他人よりも秀でているところはないというのは、違います。少なくとも、私にとっては、違います」
どうしても、これは言いたい。
「私にとって、あなたのお嬢さんは、特別です。私の中では他のだれよりも秀でているのです」
どうしても、これだけは譲れない。
譲れないからこそ、自分は今ここに来ているのだ。
その想いがベルゼブブを突き動かす。
もう臆する気持ちはなかった。
「仰るとおり、生まれ育ちは違います。かけ離れていると言ってもいいほど、違います」
自分たちは生まれ育ちが違いすぎる。
それだけ乗り越えなければならないものが多くなる。
「私は自分の生まれに誇りを持っています。しかし、自分の生まれ育った環境を、お嬢さんに押しつけるつもりはありません」
佐隈が望まなければ魔界のベルゼブブ家の城につれてはいかない。
「必ず、お嬢さんを幸せにしたいと思っています。もしも百の難が降りかかってくるのなら、百回それを打ち払うつもりでいます」
譲れないから。
乗り越える。
絶対に。
「だから」
これから続ける言葉は、それこそが今日の本題であり目的である。
それを意識すると身体に緊張が走った。
「お嬢さんを、私にくださッ」
緊張しすぎた。
舌が痛い。
かんでしまったのだ。
ああああ、なんということを……!
あせりと恥ずかしさで顔が熱くなる。
「……お嬢さんを私にください」
ベルゼブブはうつむいて小声で言い直した。
みっともない。
情けない。
いざというときにキッチリと決められない、頼りにならない男だと相手に思われたのではないだろうか。
しかし。
「ベルゼブブさん」
そう呼びかけてきた佐隈の父の声は穏やかだった。
だから、ベルゼブブは顔をあげた。
佐隈の父の顔には笑みが浮かんでいる。
「どうして、うちの娘があなたのことを好きになったのか、わかったような気がします」
ベルゼブブを見る眼は優しい。
「うちの娘はあなたといて幸せだと思いますよ」
「それは、もしかして」
「娘が選んだ相手です。よほどのことがなければ反対はしません。ああ見えて、娘は気が強いですから」
「……たしかに」
「でも、強いばかりではなく、弱くもあります」
佐隈の父の声音に少し真剣味が帯びる。
「だから、護ってやってください」
温かいものが伝わってくる。
娘のことを大切に想っているのが伝わってくる。
同時に、その大切な娘が自分に託されたのを感じた。
大切なものを託す。
それは信頼しているということ。
心が引き締まる。
「もちろんです」
ベルゼブブは声に力をこめて応えた。