【腐】貴方と君と、ときどきうさぎ その7【臨帝】
「帝人君、俺の側離れないでね」
「…は、はい」
「間違いなくあいつら俺の隙を狙って君を連れ去るつもりだから」
キッチンの向こう側にいる臨也さんの妹さん達を見る目がマジだ。
「くっそ、あの頑固譲りは誰に似たんだ…妹じゃなかったらとっくに…」
「イーザ兄」
と、キッチンに現れた舞流、ちゃんがにっこりと笑ったと思ったら、
「死ね!」
一瞬の出来事だった。右足が高く舞い上がりふわりとスカートが
めくれて咄嗟に目を逸らしてしまったが次の瞬間臨也さんは狭い
スペースの中にも関わらず素早く僕を抱きかかえると軽やかに首を
少し右にずらしただけで避けた。臨也さんの頭目掛けて飛んできた細い足を。
「ちっ」
え、え、ええええええ!??
そう、舞流ちゃんは蹴りをかましたのだ。臨也さんめがけて。
それもかなり訓練された達人技というかとても素人の蹴りとは思えない程
キレのある蹴りだった。いくら静雄さんと喧嘩慣れているとはいえ直撃を
食らったらひとたまりもない。
「悲しいなあ実の妹に死ねなんて言われるなんて、俺は心の底から悲しいよ」
「あーら!お兄様にそんな思いやりのかけらがあったなんてご存知なかったですわ!」
何故にお嬢様言葉。
「大人しくその子を渡して!」
「嫌だよ」
今度はパンチが飛んでくるがそれもまた首を動かしただけで避けてしまった。
続けて蹴りが足をめがけて入るがそれもまた軽くジャンプしてクリア。
「いい加減にしろ」
「ふーんだ。私だって無計画でイザ兄に挑んでるわけじゃないもんね」
臨也さんはふう、と深々と僕の頭の上で溜め息をついた。
「何」
臨也さんは舞流ちゃんを睨んでいる。
「玄関に靴があった。イザ兄じゃない靴。いるんでしょ?」
「何の事かな」
「隠したって無駄だよ!知ってるんだから、年下の男の子と付き合ってるって」
僕は驚いてまた両耳をピーンと立ててしまった。
「私達が来て慌てて部屋のどこかに隠したんでしょ?今クル姉が探してるから
見つかるのは時間の問題だからね。彼の命は私達が預かった!大人しくそのうさぎを渡しなさい!」
そういえば先程からもう一人の妹さんの姿が見当たらない。
「残念。見つからないよ、だってこの部屋にはいないもの」
「嘘!」
うん、だって僕は今臨也さんの腕の中にいるもの。
顔を上げれば僕の視線に気が付いた臨也さんと目が合って
口元が緩んだがそれは心配しないでと言ってくれているようだった。
兄弟が睨みあいをしている間しばらくしてもう一人の妹さん、
九瑠璃ちゃんがキッチンに姿を現した。
「見つかった?」
「消失…(どこにも、いない…)」
九瑠璃ちゃんはふるふると左右に小さく首を振る。
「…服…洗濯機…下着(洗濯機の中に、兄さんのものじゃない、
服と下着が放り込んであっただけ…)」
「!??」
ああこの耳を今すぐに塞いでしまいたい。臨也さんと僕と
彼女達とは一定の距離を取っているのに、僕の長い耳は僅かな
音でも拾ってしまう。うさぎだけに耳はいいのだ。
年頃の女の子に服はともかく自分の下着が見られたなんて恥かし過ぎる。
「そんなところまで開けるなよ…」
ていうか臨也さん僕の服や下着洗濯機の中に放り込んでたんだ…
慌てて二階の部屋に持ち込んだと思ったら。と、僕はそこで
思考を停止した。舞流ちゃんの視線を感じたからだ。
「…兎……哀…(うさぎにあたったら、かわいそう)」
「大丈夫だよ。仕留めるのはイザ兄だけだし」
舞流ちゃんは物騒な事を言いつつなんでファイティングポーズを
とっているんでしょうか。
「羽島幽平が今日の夜7時頃突撃隣の晩御飯番組にスペシャル
シークレットレポーターゲストとして池袋の住宅街に来る」
突然何を、と思ったがぴくぴくっと妹さん達が反応した。
「そう、テレビスタッフしか知らない特別な情報。
ほらさっさと行かないと間に合わなくなるよ?」
べらべらと番地まで正確な住所話し始める臨也さん。
「~~~っし、仕方ない、今日の所は身を引いてあげるけど覚悟しなさい!
絶対その子を悪の魔の手から救ってあげるんだから!」
「…兄…汚…(兄さん、ずるい)」
舞流ちゃんはびしっ!と人差し指で臨也さんを指すと、
素早い動きでもう一人の妹さんと一緒に家から出て行ってしまった。
あまりにも素早い行動に取り残された僕は呆然となるしかない。
まるで、突然の嵐が来ては過ぎ去ったようだ。そんな僕に臨也さんは言った。
「……帝人君、当分はうさぎの姿になるのは厳禁ね」
「……はい」
***
数日後。竜ヶ峰帝人アパート
それは、何の前触れもなく突然訪れた非日常だった。
夜、アパートの部屋でいつものようにダラーズの管理画面を開き
色々とチェックをしながら考えていた時だ。
「…よし、今日はここまでかな」
両手を頭の上で組んで伸びをする。流石に目が痛い。
……それにしても二憶か。僕ってそんなに珍しいうさぎなのかな。
ネット上で調べてみてもそれらしい情報は出てこなかった。
ということは臨也さんの妹さんの知り合いだとは思うけれど
たかがうさぎに二億だなんて大金を出す価値があるのだろうか。
色々な憶測を考えてはみるがあの二人は僕の秘密を知っているわけでもないし…。
でも実は臨也さんが僕を庇ってくれた事が嬉しかったりする。
ぶっちゃけ売飛ばされると思った。「上手く逃げてね」って
さらっと言われてぽいっと。あの人にそんな事を考えていたと
告げたらへそを曲げるだろうか。それとも怒って本当に売り飛ば
されてしまうだろうか。なんて考えていたらドアを乱暴に叩かれた。
「はーい!」
ドアを開ければ見知らぬ、黒いスーツにサングラスの男が二人立っていた。
階段の傍にももう一人、明らかに怪しい。
「竜ヶ峰帝人だな」
「か、かか勧誘とかなら間に合ってます!」
急いでドアを閉めようとしたが体を割りこまれて阻止されてしまった。
狭い部屋に土足で三人の男が入り込んでくる。皆、黒いスーツにサングラス姿だ。
「な、なんなんですか貴方達」
「お前の秘密を知っている者だ」
にやりと一人の男は笑う。
「大人しく付いてくれば手荒なまねはしない」
「…嫌だと言ったら?」
一歩、後ろに後ずさるが逃げ場はない。
男達は何も言葉も発する事無く僕に襲いかかった。
抵抗も空しく両腕を掴まれ両手は背中に拘束される。
耳元でバチバチと音がした直後、意識ははブラックアウトした。
「…………ん」
それから、どれだけの時間が流れたのだろう。
意識が浮上して、目を覚ますと一番最初に視界に入ったのは
真っ白な天井だった。ゆっくりと体を起こす。僕はベッドに寝かされていた。
病院の、簡易的なベッドにうすい白い毛布。僕の服は、
病院で着るブルーの入院服の格好をしていた。そして
殺風景な部屋。真っ白な部屋。あるのはこのベッドが一つ、
トイレが一つ。天井の上には監視カメラが一つ。
僕は大きく溜め息を吐きだした。臨也さん絡みか
とも思ったがその考えが間違いだったと気づかされる。
……、僕絡みだ。
「目が覚めたか」
近代的な自動扉が開き白衣の年配の男が入ってきた。
嫌だな、男からだろうか病院と同じ薬品の匂いが漂った。
「ここはどこですか?貴方は誰ですか?」
作品名:【腐】貴方と君と、ときどきうさぎ その7【臨帝】 作家名:りい