黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~
「隠し撮りだからねーって、別にスカートの中撮るみたいにしたわけじゃなけど」
撮った時点で本人の許可を得ていないだろうことは明白だった。目線がこちらを向いていない
「これは……コートか?」
「うん」
「……」
「暑いのがキライな如月くんの言いたいことは良くわかるよ」
コートを翻す男を中心に、男一人、女一人が歩いている。女の赤い髪がやけに豪奢で目立っていた。
「これでは、人数くらいしかわからんな。で、どれが生徒会長なんだ?」
ズームもついていないPHSのカメラは、遠くから誰かを撮るに相応しいとは、とてもいえない代物だ。実際、手ぶれとピントの甘さで、三人の性別がわかったことだけでも上出来だった。
「コート」
「なるほど」
如月は、じっと画面を見つめた。少し画像を拡大してみるも、もとがもとだけに、ぼやけるだけで、被写体の顔立ちがわかるほどにはならない。
「――やはりわからんな」
そう言って、マウスを離し、眉間を揉んだ。
「生徒会役員はこれで全部……ではないんだろう?」
一般的な役職を指折り数え、如月は尋ねた。
「うん。生徒会役員は――えーっと、副会長がかけてるか。知ってる役員では、こん中、会計が足りない」
「かけてる?」
いない人間に対する形容の違いに、如月は首をかしげた。
「なんか良くわからんのよ。空席なんすかね。とにかく、生徒会役員御一行ってゆーと、出てくるのは、会長、会計、書記、んで、副会長補佐」
「補佐がいて、本人がいないのか? 妙だな」
「どうなんだろうねぇ。生徒会役員選挙時にいなかったとか? んで、後で席を埋めた下級生がいるけど、選挙はしてないから補佐とか? って、このガッコ、生徒会選挙なんかやってんだろーか」
今度聞いてみるかと言いながら、京也はちゃぶ台の前から座布団をひきよせて横になった。
「画像はこれで最後なのか?」
「ん。まぁ、とりあえずその辺にいた人間だけ。あ。プリクラならある」
転がったまま、放り出してあった荷物を引き寄せ、妙に新しい手帳を取り出し、如月に放る。
特に関心もない様子で、如月は手帳を受け取った。だが、ページを開いた瞬間、口元に笑みが浮かんだ。
表情の変化を見守り、京也は満足げな笑みを浮かべ、頷く。
「こういうものなのか」
それぞれに個性豊かなフレームに囲まれた写真シールを見て、如月はそう言った。
「撮ったことない?」
「なくはない。そういえば、この手のものの原則は交換だと聞いたが」
「いっちゃんうしろ」
言われて、如月は手帳の最終ページを見た。カバーと手帳本体の間に、几帳面に切られた、まだ新しいプリクラのシールが挟まっている。
見た瞬間、何ともいえない表情を浮かべ、口元を抑える。
口元を抑えたまま立ち上がると、廊下に出て行く。理由はすぐに分かった。ハサミを片手に戻ってくる。
「自分でも言ったやんー、プリクラは交換が基本ー」
手帳とプリクラをかばいながら、京也はごろごろ転がった。
「持っていない」
「んじゃ、作りますか。いい顔してー」
きっぱりと言い切った如月に、PHSを手に取ってレンズを向ける。
「おい、ちょっと待て」
如月はてのひらでレンズと顔の間をさえぎった。
「あ、ダメだって。大人しくしましょーね、っと」
ずるずると京也は位置を変え、如月の顔をカメラの写角に収める。
カシャリと、機能的には必要のないシャッター音が響いた。しばらく難しい顔で画像を見ていたたが、、やがてむくりと起き上がる。
「ホントなら、まともなデジカメで撮りたいトコだよにゃー」
そして、先ほどとは違った、きびきびした動作でパソコンの前に陣取り、写真をとりこんだ。
「じゅうろくみりかけ……」
検索で調べたプリクラのサイズを口中で呟きながら、レタッチソフトを立ち上げる。
「……京也?」
如月は、半ば呆れた様子で声をかけた。
「一枚交換。キレイに切ってね」
背後に、左手をひらひらと振る。その間も、右手は確実なマウスさばきで、写真を補正している。
「……」
しばらく京也の姿を眺めた後、如月は大人しく、一枚だけプリクラを切り取った。小さなシールを両手で持ち、じっと見つめる。
プリクラと本物を何度か見比べた。
頷くと、ちゃぶ台の上に切り取った方をおき、残りは丁寧に手帳に戻す。
茶を入れると、待ちの姿勢に入った。
「わざわざ光沢紙までつかうものか?」
のこり一口となった湯飲みを傾けつつ、如月はメカニカルな音を立てるプリンタを見ていた。
「もとの写真が悪いからねーっと。こんなもんでしょ」
印刷したての場所に触らないようにしながら、京也は成果物を取り上げた。できを確かめ、にんまりと笑うと、如月の顔の前につきだす。
「……」
つきだされたほうは、ほんの一瞬身を引く。それから、A4サイズいっぱいにタイリングされた己の顔を、まじまじと見つめた。
徐々に眉がよる。伸ばされた手から、ひらりと紙をひくと、京也は笑った。
「交換だよーん」
「……おまえ、写真はともかく、そのフレームはどうしたんだ?」
「京也くん自慢の画像ライブラリからひっぱってきたのを、あーしてこーしてちょいちょいと」
得意げに胸をはり、右手の人差し指を振る。
「……才能だな」
「器用貧乏がお家芸っすから。んー、もう大丈夫かな。ハサミ」
「……できれば、『じぶんのマズいツラ』の羅列は勘弁して欲しいんだが……」
「なにをおっしゃる、王蘭のプリンスが」
ため息をつき、目をそむけながら、如月は京也にハサミを差し出した。
なにやら鼻歌を歌いながら、大事そうに一枚切り取り、残りをちゃぶ台におく。立ち上がってノリを取ってくると、さっそく手帳の空きにお手製のプリクラもどきをはりつけた。
如月は、その姿を困惑の表情で見、ちゃぶ台の上の光沢紙を見る。
「本名まずいっすかね。……ん」
言ってから、ちらりとパソコンを見、本人を見て京也は首をかしげた。何やら思いついた表情でペンをはしらせ、できあがったページを如月の前につきだす。
「……JADE?」
「KAMEオリジっつったら殴るっしょ」
ノーコメントで苦笑を浮かべる如月に、なにやら得意げな笑みを浮かべてから、モニタを見、時間を確かめた。
「何とかまだ終電ありますね。んじゃ、俺、プリクラももらったし帰りますんで」
手帳を勢い良く閉じると、京也は立ち上がった。
「泊まっていくんじゃなかったのか?」
荷物をまとめる姿に、如月は目を見開いた。
「今回はコッソリ出てきたんで。オトモダチもふえてきてるし、大捜索はじまっちゃったらコトなんで、帰ります。壬生さんによろしくってことで」
苦笑しながら言うと、PHSを大事そうにバッグに放り込んだ。
「先に車に行ってろ」
京也の言葉を聞き頷くと、如月は立ち上がった。
「いいんすか? ありがたいことは、ありがたいですけど」
「何を今更」
如月の笑みに京也は小さく頭を下げ、車に向かった。
作品名:黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~ 作家名:東明