黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~
ジュブナイル10
「ああ、《秘宝の夜明け》の日本支部が、ここ数日妙な動きをしてやがる。オーケイ。こっちの人手は十分だ。東の陰陽師の頭領に、十二神将が一人。ついでに、国家権力にも回線は通じてる。痴漢や下着ドロくらいならもみ消してやるから、存分にやってこい。――おっと。悪ぃ。割り込みだ。ついたら電話しろ。式を飛ばすのも忘れんなよ」
「商い中」の札をひっくり返し、店先を確かめる。ここ何年も、同じ動作を、決まった時間に繰り返している。馴れた手順だった。
あとは、店の中に入って、扉を閉めればいい。
その段階になって、彼は気づいた。どうやら、最後の客らしい、と。
「申し訳ありません」
いつもなら、気にせず招き入れるところだ。実際、飛び込みでやってくる客というのは、基本的に知り合いか、呼ばれたかのどちらかだ。
「今日はもう、閉店させていただきます」
そう言って、顔を上げる。
夕日に、客(あいて)の髪がきらめいた。
「ああ、捕まえたか。あー……かかってくのは止めねぇが、無理はすんな。さっさと降参しろ。とりあえず、俺の名前を出しゃあ、それ以上殴られや……っちゃー……おい! 聞こえるか? ――」
正確な地図を持っていた。だから、多少道を間違えたりはしたが、予想通りの時間に目的地にたどり着いた。
ランドマークが全く存在しないような住宅地、もしくは日も差さぬ樹海の中でもなければ、さして驚くべきことではないだろう。たとえそれが、全く初めての場所であったとしても。
青年は、慎重に道を確かめていた。
細身の身体に、黒っぽいシャツとパンツ、そして、軽めのコートを着ている。コートの色も黒だ。
手袋の感触が気に入らないのか、指先を頻繁に動かしている。
赤信号で止まる。交差点の標識を確かめ、目を細めた。
ポケットの中のものを確かめると、カサリと紙の音がする。
信号が変わり、ゆっくりと青年は歩き出した。そのまままっすぐ。そして、次の角を右。
新宿区にある全寮制の私立高校。天香高等学校が目の前にあった。
細身の青年は、無表情に校舎を見、頷いた。
目に見えて、肩から力が抜けた。
「お。ついたか? うるせぇ、電話中だ! いや、なんでもない。ちょっと客がな。ああ? どうした?」
はじめ、それは、虫の羽音のように聞こえた。
だが、違った。
虫の羽音ならば、ボリュームはたかが知れている。
この音は、少しずつボリュームを増した。
最終的には、辺りの音を圧して響き渡った。
「何だ? おい、骨董屋! 今アンタはどこにいるんだ?」
青年は、PHSの小さな筐体を握り締めた。
反対の手で、コートのポケットから、紙を取り出すと、宙に放つ。
レシートが風にさらわれるように、それはすぐに彼の手から離れた。
ただし、不自然なほど大きな軌道を描いて、空に。
目の前で展開されているのは、まるで映画のような光景だった。
最初は、軍用ヘリだ。そして、次からは装甲車。迷彩色のそれらが、ごく普通の高等学校の塀の中に侵入していく。
ぎり、と、奥歯を食いしばった。
決断に要した時間は、ほんの一瞬だった。
「――だから、ケータイにしろっつっただろうが、あの守銭奴」
作品名:黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~ 作家名:東明