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黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~

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アダルト―境界条件―



「草木も眠る」時間はそろそろ終わりを告げようとしながらも、未だ世界は微睡の淵にある。
 各々の時間が司るものが重なる、一日のうちでもほんの短い時間。
 窓を開けた途端流れ込んできた清冽な気配に、皆守甲太郎は身体を震わせた。そして、無臭の香を楽しみながらも、机においてあったアロマパイプとライタを引き寄せる。
 微かに痛む目をすがめ、窓の外の風景を見た。
 地球の外からながめると、夜間最も明るいのは、東京だと言う。学内こそ、鬱蒼とした森や、街灯一つない墓地のおかげで、とても暗い。だが、少し視線を上げれば、薄っすらと明るい都心が見えた。
 空に滲む月の姿は、今日の天候が雨だということを示していた。事実、澄んだ空気は多分に湿気を含み、実際の気温よりも低く感じられる。
 遠く響く車の音に負けず、ジッポが独特の力強い音をたてた。闇に生まれた焔が、金属製のパイプの先に近づき、淡いオレンジの灯りを残して消える。
 新鮮な甘い香りを深く吸い込む。
 視線を、都心から学内に向けた。
 何も見えないことで場所を示す森。手前に墓地。遠く校舎。
 そして、気づいた。
 斜め下のあたりの部屋に、灯りがついている。
 消灯時間といえば、入学当初こそ意識する人間もいるだろう。事実、入学してしばらくの間は、多少なりとも先生による見回りがあったものだ。
 だが、それも夏休み前までのこと。
 二学期も終わりが見えてきた現在、消灯時間の前後三十分程度こそ意識されているが、二時間も過ぎれば、そんなことを気にしている輩は誰もいない。
 とはいえ、今は午前四時。活動を開始するに早く、眠る前のひと時と言うには遅い。重ねて言えば、平日だった。
 灯りがもれる場所を確認し、大体の方角から部屋番号のあたりをつける。
 一人の顔が浮かんだ。
 確実なというわけではなかった。
 尋ねていく理由はなかったが、いかない理由もなかった。眠るには遅く、起きているには早い。すべきこともなく、したいこともない。
 ほとんど吸っていないアロマの焔を始末すると、皆守は立ち上がった。
 そして、部屋を出た。


 しばらくの躊躇の後、小さく部屋の扉をノックする。
 応えがあった。応えがあれば、あとはあけるだけでいい。部屋の主がいる時に、鍵がかかっていたことなど、ついぞない。
 寮部屋の扉を開けた瞬間、皆守の嗅覚を甘い香りが刺激した。
 とはいっても、ケーキや何かを焼いている香りではない。
 匂いの原因がわかった次の瞬間、がりがりという特有の音が聞こえた。
「ずいぶんしゃれたことしてるな」
 床に座り込んで、コーヒーミルのハンドルをまわす京也に、皆守は言った。
「いわゆるモーニングコーヒーってやつです。――珍しいっすね、こんな朝早くに。どーしたんすか?」
「朝早くっつーにも早いと思うがな。こんな時間に灯りがついてるからどうしたと思って来てみたんだが。おまえこそどうしたんだ?」
「午前二時に早起きしましたって言ったら通りますかねぇ」
 皆守の問いとは関係の無いことをのんびりと呟き、京也は一旦手を止めると、ミルの中をのぞきこんだ。
 そして満足そうな笑みを浮かべると、皆守に向かって頷く。
「通るか」
 にべもない返答に、首をかしげ、またがりがりと始める。
「どのへんが線でしょ。多分、皆守クンとご同輩っす。てーか、今寝たら確実寝過ごし決定なんで起きてようかと」
 そう言って、大あくびをした。幾分か速度が落ちたものの、手が止まる気配はない。
「はぁ。俺は寝るぞ」
 真面目なんだか、不健康なんだか。いまひとつ評価しづらい京也の言葉に、皆守は大げさにためいきをついた。
「迎えに行くっすよ、集団登校」
「あー、聞こえねぇなぁ」
 人差し指をふって、なぜか得意そうに言う京也に、笑いを含んだ応えを返す。
「いえいえ。不幸は分かち合い。シアワセは独り占め」
「ひどいやつだな」
「基本しょ。――ま、ともかく。折角ですから、一杯どーっすか?」
 まるで徳利でも掲げているかのような言い方だった。
「酒かよ」
「どーっすか?」
 少し強い調子で問いを繰り返された。しばらく考えてから、皆守は頷き、勝手にベッドに腰を下ろす。
「もらう」
「んじゃ、もーちょっと待っててください。ちゃんと、濃いのを入れますから」
 その姿に、満足げにうなずくと、京也は立ち上がった。さきほど、ぐるりと勢い良くハンドルが回ったことから考えて、ひきおわったのだろう。
「……俺は、コーヒー飲んでも寝れる体質だぞ」
 ポットやフィルタを準備する後姿に、皆守は言葉を投げかけた。微かに背が震え、楽しそうな声で反応がくる。
「がーん。つかえないやつー」
 丁寧に折りたたんだフィルタを、プラスティック製のドリッパーにセットする。そして、使われた形跡の薄い流しの横においてあった電気ポットの下においた。
 おもむろに、電気ポットに手を伸ばすのをみて、皆守は腰を浮かせた。
「つーか、おまえ、豆をひいときながら電気ポット使うか!」
 ロックを解除して、湯を注ぐ。ほんの数秒の動きだ。さえぎるには難い。
 だが、皆守はほんの数瞬で、それを防いだ。
「細かいこと言う人っすねぇ。豆がまともだからこそ、適当でもそこそこいけるんですってば」
 呆れたような表情で自らの手を押さえる皆守に対し、京也はひらひらとあいている方の手を振ってみせる。
「もったいないことゆーな、っつーか、言ってる傍からポットの湯を注ごうとするな、何だよ文句あるのかよ、よこせバカ」
 強引に電気ポットのコードをひきぬくと、皆守は京也の手からポットとドリッパーをとりあげた。そして、勝手にそのあたりの棚をあけ、中身を改め始める。
「……お相伴するのはどっちでしょーねー」
 片手が、追い払うように振られる。
 流しの前の居場所をすっかり奪われ、京也は小さくぼやいた。
「だからちゃんといれてやるっつーんだ。って、ヤカンは無いのか、いいもう、ナベで」
 やけにぴかぴかしたミルクパンに、簡易浄水器を通した水を注ぐ。そして、電熱器の上におくと、スイッチをいれ、湯がわくのを待つ。
 京也は、ミルを抱えて座り込んでいた場所に、居所をうつしていた。さきほどのぼやきは心中けりがついたのか、口元に笑みを浮かべ、ベッドに背を預けている。
「まかせた」
 皆守の視線に気づいたか、サムズアップで拳をつきだしてくる。一瞬の間を空けて、けらけらと笑い出した。
 その様子に、皆守は黙って肩をすくめた。
 京也は適当に床に手を伸ばすと、数週間前のマンガ雑誌をとりあげ、ぺらぺらとめくる。皆守の方は、ミルクパンのなかに気泡ができはじめるのをじっと待っていた。
 しっかりと沸いた湯を、ゆっくりと円を描くように注ぐ。その端から、甘味の勝った香りが立ち上りはじめた。
 豆を蒸らしている間に、窓の外に視線を向けた。カーテンに遮られてはいるが、未だ日が昇る気配はない。
 適当な時間をおいてから、丁寧に湯を注ぐ。ゆっくりとポットに溜まりはじめる黒い液体を確認し、頷いた。
「――」