黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~
ジュブナイル2
蔵の奥底から掘り出しておいた黄龍甲を手に、如月が居間にやってくると、京也と村雨は将棋の最中だった。
京也は取った「歩」をもてあそびながら、盤面をのぞきこんで唸っている。対して、村雨は余裕の笑みを浮かべていた。
「み……京也、持っていくものは揃えたのか?」
「オカン登場だぜ、センセイ」
「帰れ、村雨」
「おおこわ」
肩をすくめ、ポケットから引っ張り出した煙草の箱を指先で叩く。
「灰皿などないぞ」
そう言って、如月は縁側を指差した。
難しい日本語だった。「吸うためには灰皿がない」という文字通りの意味だけではなく「ここは禁煙だ」という暗黙の意味も含んでいるらしい。
村雨は、肩をすくめると、煙草を元の場所に収めなおした。かわりに、頭を抱える京也を楽しそうにつつく。
「ほら、センセイ。オカンが明日のじかんわりはそろえたの? つってるぜ。さっさと降参しちまいな」
「ぐ。だー、黙れ村雨。だから、コレをああして……うわ、ひでぇ!」
「……だそうだ」
笑いながら、如月を見上げる。
額に手を当て、如月はわざとらしくため息をついた。
「まぁいい、村雨、茶ならそこだ」
「……へぇへぇ」
おもむろに、部屋の隅の電気ポットを指差し、腰を下ろす。
またもや難しい日本語を使った如月の意図を読み取り、村雨は立ち上がった。
「懐かしいネェ」
適当に入れた茶を如月にさしだし、自らも湯飲みを手に、村雨はそう言った。目線の先には、六年の歳月を経た黄龍甲が鎮座しましている。
如月は、片方を手に取ると、丁寧な手つきでひっくり返し、眺める。
「やはり、見事なものだ。気に一筋の乱れもない」
「全く。――あのセンセイにはもったいない」
そう言って笑うと、とうとう床に突っ伏した京也を見る。
「ほら、ご所望の黄龍甲だぜ? センセイ、後で片すからとりあえずこっち来い」
「うう」
情けない声でうなると、ぺたぺたと四足で京也はちゃぶ台に近づいてきた。
「って、ちょっと待て村雨。勝負はまだついてないっ!」
「はいはい」
「流すな!」
言いながら、如月の前にある黄龍甲を見る。目を細め、ほんの一瞬、呼吸を止める。如月と村雨は、そんな京也の様子をじっと見守った。
京也は座りなおした。座布団も敷かずに正座すると、大きく息を吸う。てのひらを一度握ってから、黄龍甲に手を伸ばした。
そっと、触れた。そして、意を決した様子で、片方を取り上げる。
「やだなぁ、しんとしないでくださいよ」
いつもの調子で軽口を叩きながら、左手につける。続いて右。それから、ぐっと拳を握った。
目を閉じ、大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。京也の顔つきが変わる。
不意に、崩れた。
苦笑めいた表情になり、なんどか手のひらを握ったり開いたりしてから、如月と村雨を見る。
「懐かしいっすね」
はは、と、笑いながら手甲を外す。
「んじゃ、如月さん、お願いしますってことで」
注意深く如月の前に置き、小さく頭を下げる。
「――大丈夫か?」
「ん? ええ、ちょー立派っす。如月さんにお任せしといて正解でした。っつーか、他に頼める相手もいないんですけど」
「おいおい、俺だっているだろうが」
「だって、村雨さん外国行ったじゃん」
「織部の姉妹に、御門。拳武館。いくらでもいるだろうがよ」
「まぁ、つってもね」
「使える状態でというなら、うちが一番だということだろう。大丈夫そうなら良かった。明日までには持ち運べるようにしておこう」
そう言って、如月はひらりと一枚のメモを二人の間に差し出した。
「請求書っすか? 出世払いで……あう」
「白菜に水菜、鶏肉に、緑の洗濯石鹸、好みでキムチ? 何だコリャ」
「行く前に、片付けていけ」
一言だけ言うと、如月は黄龍甲を持って立ち上がった。
「……いきますか、村雨さん」
如月に手を出し、差し出されたカギを受け取り、京也は立ち上がる。
「何だ?」
「おっかいもの♪」
どこかの百貨店の歌を歌いながら、京也は村雨を招く。やっと納得した村雨が、酢でも飲んだような表情になる。
「やっぱりオカンか」
「片付けてから行け」
とうに居間を出て行っていた相手の声に、二人は肩をすくめる。
言いつけどおりに将棋盤を片付けると、おいいつけ通りに外に出て行った。
作品名:黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~ 作家名:東明