二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~

INDEX|53ページ/79ページ|

次のページ前のページ
 

 あからさまな殺気が阿門の背に揺れる。
「《墓守》。おまえたちは、ここにあるものを護りたいのか? それとも、消滅を願いながら次善の策をとっているのか?」
 凛とした声が、炎の間に響く。いつもの京也とは比較にならないほどの、威厳に満ちた声だった。
「おまえは、ここに眠る存在を知らない」
 しばらくの間をおいて、阿門は言った。
「ああ。同様に、おまえもまた、自らが対峙している存在を知らなすぎる」
 それに対し、京也は打てば響くかのように応えを返す。
 阿門のてのひらが、京也に向かってつきだされた。
「――阿門。――御子神を、いかせ――」
 抜き身の刃物のような緊張感をはらむ二人の間に、うめき声がわってはいった。
 皆守は、奇妙な方向に折れ曲がった脚をかかえ、床に転がっていた。顔をしかめ、脂汗を流しながら、彼は声を絞り出した。
 青ざめた顔のなかで必死に見開いた目は、まっすぐに阿門を見つめていた。
「おまえまでもか」
 阿門は皆守を一瞥した。だが、すぐに京也に視線をもどし、低く言った。
「こいつ――は……」
「黙れ」
 なおも重ねられる言葉を、一刀のもとに切り捨てる。鉄を軋ませるような声に、ほんの少し、苛立ちの感情が混じった。
「彼には結果が見えているだけだ。阿門帝等」
「おまえの遺伝子に、俺への敗北を刻む」
「おまえに、格闘の心得があるのか? 純粋に腕っ節がある分、皆守のほうが俺には厄介な相手だよ」
 ほんの一瞬、阿門の身体がかすんだように見えた。
 小さな虫のような――いや、突如として現れた黒い砂が、彼の姿を覆う。その次の瞬間には、京也に襲いかかっていた。
「俺を《力》で操れるとしたら、それは冥府の歌姫か――」
 目前で、京也はてのひらをふった。
 ばらばらと、まるで雨粒のような音が響く。
 生き物のように襲いかかった黒い砂は、無機質の動きで床に落ちた。
「それとも菩薩眼の女」
 砂を踏み、京也は阿門との距離を縮めた。
「――阿門――」
 皆守のうめき声が、細く流れる。
「おまえではたりない。俺を殺すことも、ましてや意のままに操ることなど」
 京也の両手がゆっくりと持ち上がる。そして、最初の印を結んだ。
 滑らかに。迷いなく。次々とてのひらが形を変える。
「俺はここを破壊する」
 部屋全体が、鳴いた。
 最後の印とともに、無形の力が阿門にまとわりつく。
 京也は阿門に近づいた。
「悪く思うなよ」
 どこかで聞いたセリフとともに、手が伸びる。
「――っ!」
 五歳の子供でもかわせるであろう程に、ゆっくりとした動きだった。だが、阿門は動けなかった。京也のてのひらが、首にはりつく。息を呑んだ。
 もともと、阿門は顔色のいい方ではない。だが、京也の手がはりつくやいなや、みるみるうちにその顔が死人の様相を示す。
「――あ――」
 皆守の目が見開かれる。
「大丈夫。まだ、手加減はできる。制御、できる――」
 まるで、自らに言い聞かせるかのような声色だった。阿門の喉にてのひらをはりつけたまま、京也は言った。
 やがて、阿門の長身が崩れ落ちる。
 床の上に、まるで死体のように転がる姿を京也は見下ろした。
「荒吐神への道順はどこだ」
 京也の指先が、一定のリズムを刻み始めた。言葉とも、動きとも無縁のリズムで、ゆっくりと指先が動く。
「――だれが――」
 ぎり、と、阿門は床につめを立てた。
「《墓守》」
「俺はまだ負けていない。――俺はまだ!」
 ほんの数センチ、阿門の頭が持ち上がる。たったそれだけの動作に、彼は持ちうる全ての力を費やしているように見えた。
「違うな。勝ち負けではなく、勝負になっていないと言うんだ、これは。――白岐」
 少し声を高くし、京也は問いかけた。
 おぼつかない足取りで、彼らに近づいてきていた少女が足を止める。
「――御子神さん。気づいて――」
 京也は無言で頷いた。
「封印の――巫女――」
 阿門の声に、希望の気配が混じる。
「こう言っているが、可能か?」
「……ごめんなさい……」
 阿門の声をうけた京也の問いに、白岐は目を伏せ、首を横に振った。
「何を――。そのための存在ではないのか」
「単純な話だ。封印を施すには、封印される対象以上の力がいる」
 言って、京也は表情を歪めた。
「――もう、彼は目覚めてしまった――」
 白岐の言葉とほぼ同時に、玄室が鳴動した。
 最初に、一度、小さく揺れる。次の瞬間、大きく床が上下した。
 揺れの中、京也は床に倒れている阿門に手を伸ばした。そして、そのまま引きずると、皆守の近くに横たえる。
「白岐」
 名を呼ばれ、頷く。バランスを崩しながらも、やってきた白岐に、京也は頷いた。
「本命の時間か」
 京也は、黄龍甲をはめた右腕を、左手でぐっと握った。
「動くなよ」
 そう言って、白岐に、そして阿門と皆守に笑いかける。
「これで終わりにする」
 部屋の中いっぱいに、怪しい影が揺れ始めた。
 炎が揺れる。
 揺らすのは、声だ。影の声。怨嗟の叫びだ。
「誰だ……我が室を犯す……」
 京也は表情を歪める。そして、阿門たちから数歩遠ざかった。
「この手の存在ってのは、本当に語彙が少ない」
 ひときわ濃い思念体の前に、京也は立った。
「思い出して。思い出して、長髄彦様――あなたは――」
 祈りのような白岐の声に思念体が揺れた。京也は、ちらりと白岐の表情を見、思念体に視線を戻す。そして、ちいさく頷いた。
「思い出して。荒吐神族を率いて戦ったあの頃。誰よりも勇猛で、誰よりも優しかった頃――」
 白岐(しょうじょ)の表情に、古代の巫女の表情が重なる。
「……おまえは、誰だ……」
「私は、あなたを封印する者。天御子によって、あなたを止めるための《鍵》を刻まれた存在」
「我は……」
 思念体が大きさを増す。
 怨嗟の声が、物理的な圧力を持って部屋を満たす。
「我は神。荒神荒吐神なり――!」
「っ――!」
 白岐が胸元を抑えて膝をつく。その向こうで、阿門もまた、苦しげに表情を歪め、うめき声をもらした。
「……阿門……白岐……」
 二人の様子の変化に、皆守が身体を起こそうとする。脚は相変わらず奇妙な方向に折れ曲がっていたが、顔色は随分とましになっていた。
 ひきかえ、白岐の顔色は、まるで紙だ。阿門に至っては、このままいつ呼吸が止まってもおかしくないくらいの様子で、力なく床に横たわっている。
「おおおおおおおおおお。目覚める。我が身体が……」
 玄室全体を震わす怨嗟の叫び。
 微かに混じる、白岐と阿門の苦悶の吐息。
 それとともに、思念体が一ヶ所に集まりはじめる。
 思念体が集う場所をまっすぐに見ながら、京也は小さく頷いた。
「すぐに終わらせる」
 それは、誰に向けての言葉であったか。苦しむ二人か。それとも、そんな二人を守ろうともがく青年か。それとも――自らを神と称する存在か。
 京也の指が、リズムを刻んでいる。細く長い呼吸とともに、長くのびた髪が揺れる。不自然なほどの揺れだった。
「すぐに」
 彼は床を蹴った。
 その先には、未だ物理的な質量を持たぬ思念体が結集している。