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婚約者 [黒後家蜘蛛の会二次創作]

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 ゴンザロが頭を振って言った。「お嬢さんはその男に相当未練があったということなんでしょうかね。娘さんはそこらへんについてなにか言っているんですか?」
「事情を聞いても頑として話そうとはしません。『あの人にはちゃんと理由があったのよ。お父さんには話せないけど』と、こうです」ピアスンが言った。
「それは男の“手”ですな」アヴァロンが溜息をつきながら言った。「そういう、女を丸めこむのに異才を発揮する手合いは残念ながら絶滅することはないのですよ」
 ピアスンは肩を落として言った。「頑固な娘ではありますが、それなりに人の気持ちもわかるし、何より物の理非を判断する能力もあったはずだと思うんですが」
「今回ばかりは聞く耳持たずというやつですか」ルービンがあらぬほうを眺めながら言った。
「そう、今回に限ってはそうです」
「しかし1年半前に振られたというのなら、二番目の奥さんと結婚していたときにその男が娘さんと浮気をしていたということになるのかい」ドレイクが言った。
 ピアスンは首を振った。「そうじゃない。前の奥さんと結婚していたのは1年ちょっとだけなんだから。つまり、娘と別れて前の奥さんと結婚したということなんだ」
「うーん」ゴンザロが不謹慎にもどこか感心したような声で唸った。
 それに続く沈黙の中、ピアスンが続けた。「しかもそれだけではなく」
「なんだ、まだなにかあるのか」ドレイクが言った。
「半年前に、二番目の奥さんが事故に遭ったのです。その際に分かったのですが、奥さんにはイングラムが巨額の生命保険金を掛けていたのです。受取人はジョン・イングラム・ジュニア……つまり、1歳になる二人の間の子供です」
「ちょっと待ってくださいよ」家庭内のもめごとなど聞くに堪えないという顔をして黙っていたトランブルがたまらず口を挟んだ。「さっきから聞いていれば、そのイングラムというのは女たらしの上、保険金詐欺師でもあるって言うんですか。グロテスクというものでしょう、それは」
「グロテスクであろうがなかろうが、私は事実を述べているんです」イングラムが言い返した。
「娘さんはそれを知っているのですか?」ホルステッドが眉を顰めて言った。
「知っています。私が言いましたから。『別れた奥さんと子供のために保険を掛けてあげるのは別に悪いことじゃないでしょう』と言って、あの人のことをあまり嗅ぎまわるな、とものすごい剣幕で怒られましたよ。それから口をきいてくれません」
「ふーん」ルービンが言った。「まあ、確かにそれはそれで筋が通っているとは言えますね。そもそも、保険金やその事故について何か疑う余地があるのですか?」
「あるのか、と言えばそれはありません。確かに子供が受取人の保険を掛けるのは普通のことでしょうし、事故についても、警察も保険会社も問題視していないようです」
 ドレイクが少し考えてから言った。「しかし何だってきみは保険のことまで知っているのかね?」
「この二番目の奥さんと私には共通の友人がいるのだよ。ケネス・パウエルと言ってね、私と同じ弁護士をしている。私とは長い付き合いだ。
「マーガレット……というのが二番目の奥さんの名前だが、ケネスは彼女の後見人のようなことをしているんだ。マーガレットの父親の知り合いだったんだそうでね。そのあたりのことは、わたしは今回の結婚話が出るまでは知らなかったんだが」
ピアスンは溜息をついて言った。「では、イングラムについてケネスや娘から聞いたことをもう少し詳しくお話しいたしましょうか」