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婚約者 [黒後家蜘蛛の会二次創作]

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婚約者(3) 結婚の事情


 いつのまにかピアスンのブランデーグラスは空になっていた。
 ピアスンはヘンリーに目で合図し、ブランデーがグラスに注がれるのを見ながら言った。
「ああ、まだ酔ってはいませんからご心配なく。……さて、このイングラムは、先に申し上げました通り、若くしてオペラハウスの副支配人をしています。聞きますと、かなりの腕利きであるようです。
「最初の奥さんと結婚したのは25の時で、すぐに最初の子供のアーネストが生まれました。その奥さんが急な事故で亡くなったのが4年前です」
「事故、ですか。その時も保険金が掛かっていたと言うんですか?」トランブルが言った。
「それはまだ分かっていません。……その奥さんが亡くなって1年半ほどして、アーネストのピアノ教師としてイングラム家に通いだしたのが二番目の奥さんです。彼女はピアニストでして、結婚する前はマーガレット・ウエストといっていました。どなたかご存知ですか?」
 否定を表す沈黙を受けてピアスンは続けた。「ケネスに言わせると、彼女は決してピアニストとしての技量が劣るわけではないとのことです。得意演目は、先ほど皆さんがお話ししておられたリストのピアノ曲、特に“ハンガリー狂詩曲”と、後はたしか“ピアノソナタ”であるそうですが」ふっと笑ってからすぐ物憂げな顔に戻ってピアスンは続けた。
「しかし何かと巡り合わせが悪く、決して世に知られた存在ではありませんでした。不遇なのは生い立ちもでして、15の年に両親を失って、それからは天涯孤独の身だったそうです。今はたしか28歳だったと思いますが。その後苦労しながらピアノの道に進みました。20を過ぎたころからときどき小さなコンサートを行っていたようです。
「イングラムの前に一度結婚したのですが、この最初の結婚も不幸に終わっています。4年前に離婚してしまったのです。しばらく細々と1人で過ごした後、イングラムの息子のピアノ教師になりました。2年半ほど前ですね。
「息子はそのころ12か13ですが、これも音楽を勉強していて、ピアノにはかなり才能があったらしいのですね。それで家庭教師としてマーガレットが付けられたわけです」
 ピアスンはそこで目を伏せ、しばらく沈黙してから言った。「この息子もイングラムの被害者ですよ。先ほども申しました通り、教師を始めてから1年もしないうちに、父親とマーガレットが恋仲になり、息子を置いて別居してしまうのです」
「別居ですか?」アヴァロンが聞き返した。
「ええ、イングラムが郊外に部屋を借りてマーガレットと引っ越したんですよ。愛の巣というやつですな。かわいそうに、息子はそれまでいたイーストエンドの家に置き去りです」
「それはひどいものですな」アヴァロンが小声でつぶやいた。
「家政婦を付けていたらしいですがね。それと新しいピアノ教師もね。それが1年半ほど前の話です」そして一拍置いて低い声で言った。「これと前後して、ジェニファーを袖にしたというわけです」
 イングラムはそこでブランデーグラスがまたしても空になったことに気づき、もう一度お代わりをもらうべきかどうか迷うように見えたが、決然として話を続けた。
「引っ越しと同時に二人は結婚しました。両者とも二回目の結婚ということもあって式は挙げなかったのですが。それから数カ月して子供が生まれました。そのころケネスが会いに行ったらしいんですね。
「マーガレットはいとおしそうに赤ん坊を抱いていたそうです。
イングラムはギリシア彫刻のような美男子なんですがね、この子、ジョン・ジュニアですな、父親にもうそっくりだったそうで。3500グラムもある大きな赤ん坊だったらしいから、そのせいもあるんでしょうがね」
 ルービンがブランデーグラスを所在なげに揺らしながら言った。「ジョン・ジュニアというのはやはりヨハン・シュトラウス2世から取っているのかね」
「それなら上の息子に付けそうなものだろう。ヨハン1世の長男がヨハン2世、次男がヨーゼフなんだから、そのとおりならジョセフと……」アヴァロンが言いかけた。
「うるさいな二人とも、そんなことはどうでもいいんだ」トランブルがかっとして言った。
 ピアスンは鼻白んだ様子で続けた。「まあ、その上の子供もイングラムによく似た美男子らしいですよ。それはともかく、しばらくは親子3人で平穏な時期が続いたらしいのですが、半年前、先も申し上げた事故が起こったのです。
「ボストンで交通事故を起こしたのですね。マーガレットの乗っていたタクシーが対向車線を逸れた車と衝突したのです。幸いそれほど大きな怪我ではありませんでしたが、少し間違えば命も危なかったようです」
「それは事故ということで間違いないんですね?」しばらく面々は押し黙っていたが、やがてホルステッドが念を押した。
「ええ、それは先ほど申し上げた通りです」ピアスンは小さくうなずいた。「入院中にケネスが見舞いに行ったらしいのですが、そこでイングラムにも会ったらしいです。付き添っていたんですね。その際はイングラムも優しく接していたようです。イングラムが先に帰ったのですが、それを見送るマーガレットの目は夫を愛しているようにしか見えなかったと言ってましたな。
「しかしそれから数日経ってから、ケネスのところに保険会社の調査員が来たらしいのです。『今回の事故については問題ないと思っていますが、多額の死亡保険金が掛けられていたので念のため調査しているのです。今回も傷害時の保険金が下りると思いますが』ということで。
「当然ながらケネスは気になったので、退院後にも体調を見舞うという名目でイングラム家に行ったらしいのですね。しかし表面的には夫婦ともまったく落ち着いていたようです。
「お互いごく自然にふるまっていて、上の子供が送ってきたピアノの録音をプレイヤーで流して、それを親子三人で聞いていたりもしていたそうです。入院中に子守りに来ていた上の子供の演奏を赤ん坊が気に入ったということでね」
「それはまた、うるわしい光景ですな」トランブルが唸るように言った。「保険金詐欺師はおろか、上の息子を放り出したとも思えませんな、そこだけ見ますとね」
「実際問題として」ピアスンが言った。「マーガレットはピアノ教師を始めたころから、アーネストは優しいいい子だ、よくできた生徒だ、とケネスに言っていたらしいですからね。プレイヤーで流していたのは“ブラームスの子守唄”だったそうですが、母親が演奏するのでは赤ん坊の機嫌が悪いんだそうです」
「では」アヴァロンが重々しい口調で言った。「別居はイングラムの意向だったということでしょうな」
「そうとも限らんだろう」ゴンザロが反論した。「たとえいい生徒だからといって、義理の息子として一緒に住みたいと思うかどうかは別問題だ」
「それはどちらともわかりませんね」ピアスンが言った。「子守唄のピアノを流しているプレイヤーを、夫婦とも複雑な顔をして眺めていることがあったとも言っていましたから」
「いずれにしても、赤ん坊だけは兄貴の味方だったわけですな」ホルステッドが言った。