すぐに終わりが来る事なんて、ちゃんとわかっていたのに
ボーグを擁する企業、火渡エンタープライズでは小さな、しかし見過ごすことの出来ない問題が続いていた。
後継者たる御曹司、カイが1年ほど前に家を出たきり戻らないのである。
カイは息苦しい実家を出ると、祖父である現会長・火渡宗一郎に勘当された父・進を頼って、その友人の家に下宿という形で世話になっていた。
父親と共に住まなかったのは、BBAで開発室の室長を務める進が住まいに帰る時間もないほど多忙なためだ。ブレーダーとして、父の仕事が手を抜けないものだと分かっているカイはそれを納得していた。
「カーイ!グッモーニン!」
「おはようございますー」
「元気だな…マックス」
通学路の途中で、マックスとキョウジュがいつも通り元気良く声をかけてくる。朝に弱いカイが物静かなのを心得ているから、マックスとしてはこれでも少し抑え目だったりするのだが。
「気持ちのいい朝は元気に迎えないとネー、もったいないヨ!」
「まぁ、お前の言いたい事は分かる」
「ところで、レイはまた歩きながら寝てるネ?」
「寝てるようにしか見えませんね」
2人の言葉に反対側へ視線を動かすと、カイと同じ家に下宿している中国人(日本人とのハーフらしいが)のレイがこくりこくりと舟をこぎながらフラフラしていた。
「いい加減起きろ」
ボカッ
「痛い!?」
カイに殴られ慌てて目を開けたレイは、マックスとキョウジュがいるのに気づいて首をかしげる。
「アレ?マックスとキョウジュはいつ来たんだ?」
「本気で寝てたのか…」
「レイ器用ネー」
「既に特技の一種ですね」
「…まだ眠い、学校着いてから寝直す…」
ふわわー、と大きなあくびをするレイを見て、呆れたようにマックスは肩をすくめた。
「その分だと、今日もヒロミに怒られるのは間違いないネ」
「う…それは嫌かも知れない」
生活態度に厳しいクラス委員長を思い浮かべて、レイは眉を寄せる。
「そろそろ急ぎましょう、このままのペースだと着く頃には予鈴が鳴ってしまいます」
腕時計を確認したキョウジュに言われて、カイ達は学校への道を急ぐことにした。
「次の大会、世界大会に出場する代表選手の選考を兼ねてるらしいヨ!皆、もちろん出場するよネ?」
「中国に戻って選抜戦に出る余裕はないから、そうなるなー」
「強い奴と戦う機会が増えるんだ、言うまでもない」
「及ばずながら、私も頑張りますっ!」
ぐっ、とキョウジュが握りこぶしを作って答えると、レイがそう言えば。と口を開く。
「カイのところの子分達はどうするんだ?」
「シェルキラーのメンバーのことか…蛭田と鈴鹿はエントリーするそうだ。残りの連中は俺の応援に専念すると言っているが」
少し柄の悪いブレーダー達の集団、シェルキラーだが実際のところリーダーであるカイによって統率が取られている。多少荒々しくとも貪欲に強さを求める者が多く、縄張りを堅く守っている事で余所から来る性質の悪いブレーダーを排除する形になっているので、不良ブレーダー同士のいさかいも少ないのだ。
カイのベイに対するストイックな姿勢に感銘を受けて所属している者も少なくないため、カイが出場するなら応援に専念したいと言う者がいるのは、マックス達にもよく分かった。
大会当日、決勝戦はカイとレイが戦うことになるだろうという本人達の予想は裏切られることになる。
準決勝でレイと対戦したブレーダーが、レイを破って決勝に進出したからだ。
「色々と事情があって、今まで大会に出たことなかったんだ。まさか優勝できるなんて思わなかったぜ」
「レイとカイに勝っちゃうなんて、タカオ凄いネ!次はボクとバトルしようヨ!!」
「貴方のベイは実に興味深いです…じっくり拝見したいのですが、構いませんか!?」
人懐っこいマックスと、初めて見るベイに興奮するキョウジュを見ながらカイはため息をついた。
「まさか、日本に聖獣使いが俺達以外にもまだいるとはな…」
「捜せば意外といるもんなんだなぁ」
もぐもぐ、とおにぎりを食べながらレイはのんきな感想を漏らす。
「タカオのは黒いDragonだったネー。青龍使いもいるはずだケド、ミーは会った事ないヨー」
「うにゃあ。にゃにゃにゃ、なーう」
「オーゥ、ドライガーは会った事あるノネ!?」
「俺とカイの下宿先…木ノ宮家が青龍の家系なんだぞ?」
「Really!?世界って意外と狭いネー!」
控え室で世界大会に関する事の説明を待っているカイ達の足元でバタバタと騒ぐカメ…これがマックスの聖獣、玄武のドラシェルだ。レイのひざに乗ってゴロゴロしている丸っこいネコは彼の聖獣、白虎のドライガー。カイの聖獣、朱雀のドランザーは足で器用に携帯を操作してネットのニュースを見ている。
「今の時点で世界大会について発表ちゃれているのは、トーナメント方式であること。各地区での予選を勝ち抜いたチームが本戦に出場、A・Bブロックの各トーナメントを勝ち抜いた2チームで決勝戦をちゅる形になってましゅでしゅね」
「俺達が出場することになるのは、アジア予選か」
「村の仲間が中国の大会に出るって手紙に書いてあったぞ、予選で戦うことになるかもな」
「レイの村の仲間って、全員が聖獣使いなんだっタ?」
「うん、皆強いから覚悟しとけよ」
やたらと楽しそうなレイに、カイは呆れた声で子供だな。と言って、それからタカオの方へ視線を向ける。
「ん?どした?」
「いや…ちょっとな」
「カイがオンナノコに興味を示すなんて珍しいネ!明日は雨カモ!!」
「とうとうお前にも春が来たのか?」
「お前のようなナンパな奴と一緒にするな!」
レイを一喝しながら一発殴って、それから改めてタカオの顔を見つめた。
「今日はお前が勝ったが、次にやる時は俺が勝つ」
「なんだ、ただの宣戦布告だったか。でも、俺もバトルしたいぞ」
「ボクが先だヨ!」
「皆さん負けず嫌いですからねぇ~」
―真剣な紅い瞳に見つめられて、トクンと胸が鳴ったのが…タカオには信じられなかった。
作品名:すぐに終わりが来る事なんて、ちゃんとわかっていたのに 作家名:如月