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すぐに終わりが来る事なんて、ちゃんとわかっていたのに

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 暗い、生活感のない部屋でタカオはぼんやりとベッドに座っていた。
 下された任務は、火渡カイの監視。場合によっては暗殺の指令が下る可能性もある、そう告げられたのが数日前。
 そして訪れた国、日本は…どこか無性に懐かしかった。
 タカオは自分が日本人であることと、「タカオ」と言う名前以外の過去を知らない。気がついたときには、ボーグで違法な実験の被験者として調整を受けながら、訓練を続けていた。
 自分で知っているのは、夜戦対応と感覚を鋭敏にするための実験としてネコの遺伝子を組み込まれたことだけ。どんな身体になっているのか分からないが、余計なことは考えないように教育されているから不安はない。
 指令を受けた後、翌朝から長期任務に対応する最終調整が行われると告げられてインキュベーターに入ることになり、ユーリ達と別れを惜しむ暇もなかったのが、少し寂しいけれど。
 「あれが…普通のブレーダーなのかな」
 ぼんやりと、昼間のことを思い出す。屈託なく笑い、懸命に戦い、勝てば喜び、負ければ涙する。その様子を見て…全てが眩しく思えた。自分が身を置くのは深い闇だ、いくら任務とは言えあんな明るいところに出てもいいのだろうか?
 自分は、あの明るさの中で耐えられるのか?
 「オレは……」
 何かを言いかけ、途中で止めるとわずかな手荷物であるディパックの底の部分、手荷物検査や金属探知機などに引っかからないよう、また外見では分からないよう特別に作られた武器の収納を開く。
 収められているのは、愛用品である大振りのナイフと拳銃。手に取れば身体の一部同然に感じられるそれらを手に持つことで、余計な考えを振り払えるような気がした。

 学校でカイ達が世界大会に出ることがうわさになり、口の軽いレイがチームに大会で初めて会った女の子が参加すること、キョウジュがメカニックとして一緒に行くこと、監督やマネージャーが居ないことなどをペラペラしゃべったおかげで、真面目でお節介で、ついでに木ノ宮家の親戚でもあるヒロミが一緒に行くと言い出したので、カイは頭を抱えることになる。
 なぜか集合場所のようになっている木ノ宮家のカイの部屋に集まって、おやつなど食べながら相談することになった。
 マックスがタカオも誘おうと言って携帯に連絡したのだが、留守電になっていた。
 「この面子だけで世界に放り出したら、日本人はどんな非常識なんだ。って笑われちゃうわよ!」
 と言うのが彼女の意見だ。マイペース人間しか居ないと言うのは、本人達も自覚していることなので誰も反論が出来ない。
 「暇人なんだから、若が一緒に行けばいいのに………って、それでもあんまり変わらないか、いやむしろ悪いかも…」
 「若、ですか…妥当なところではありますが…ちょっと…」
 若、と言うのは木ノ宮家の嫡子である仁のことだ。民俗学を学ぶ学生だが、BBAにも籍を置いており、最近は忍者のコスプレなどしてベイ関係の揉め事の現場に出現し、それを解決して去っていくという影のヒーロー…みたいなことを行っている。偽名のつもりなのか「疾風のジン」と名乗ってはいるが、それも名前を音読みしただけという適当さだ。
 「あんな羞恥心の欠片もないような奴が監督など、願い下げだ」
 「あの格好、ハズカシイよネー」
 「お前らなぁ、ジンは真面目にやってるんだぞ?」
 カッコいいと思っているのがレイだけなのは、反応を見る限り言うまでもない。
 「あのダサ…ゲフン。個性的な衣装、どこから調達したのカナ?」
 「コスプレなんだし、手作りじゃないのー?技術さえあれば出来るでしょ」
 「よくてコスプレ用品専門店に発注でしょうねぇ」
 マックス達は好き勝手なことをのたまっているが、ちょうど大学から帰ってきた仁がこの会話を聞いてショックを受け、プチ引きこもりになってしまったのは笑えない後日談である。
 「アジア予選で負ければ、すぐ日本に帰国だが…世界大会のトーナメントと決勝戦の間に日にちが開いているな」
 「学校を休む期間もそれなりに長くなりそうだなぁ」
 カレンダーを見ながらスケジュールを確認していたカイが、突然微妙な顔になった。
 「………………あ」
 「どした?」
 「なんでもない」
 「気になるネー、カイらしくない顔したネー」
 レイに聞かれて平静を装うカイだったが、近くに居たドラシェルはしつこく聞こうとする。
 「ボクがエスパーしてみるヨ!う~ん……」
 腕組みなどして唸っていたマックスが、なにかに閃いた顔でパチンと指を鳴らす。
 「Oh!きっと空き地のネコ達と、しばらく会えなくなるのが寂しいに違いないネ!」
 「ぐっ……」
 図星だった。
 「あー…子ネコ達が可愛い盛りだもんな」
 「改めて考えると、帰ってきたら子ネコたち大きくなっちゃってるかも知れないネ」
 「大きくなってても面倒は見るぞ」
 「カイはホントに動物が好きですね」
 「…いいだろう、別に」
 ムスッとした顔になったカイのひざの上に、レイがドライガーを乗せる。
 「まぁ、しばらくはドライガーで我慢してくれ」
 「うにゃあ!」
 「お前は主人に似ず賢いな」
 「どういう意味だ!?」
 「そのままの意味だが?」
 さらりと返され、レイは反論するタイミングを失って歯軋りをした。

 アジア大会を勝ち抜いて、アメリカでの本戦トーナメントを戦っている最中の休日、ふっと姿を消したカイを捜してタカオはホテルの屋外に出た。しばらく監視を続けていて、カイの行動パターンは分かっている。
 ドランザーがメンテ中なので遠くには行かない、ホテルの正面玄関側は報道陣が待ち構えているので近寄らない、明日の試合に備えて身体を休めるため激しいトレーニングはしていないだろう、となると残る可能性は…
 頭の中を整理しながら、ホテルの裏側にある庭園に回る。静かで風通しが良く、適度に日陰になっている辺りを見て歩いていると、芝生に寝転がって昼寝をしている彼を見つけることが出来た。
 「まーた寝てやがる」
 カイは気配に敏感なので、接近するためには注意を払わないといけない。一見無防備に見えても、実際には違う。
 中国での予選中、どこかのチームに雇われたらしい暴漢に控え室を襲われたのだが、警備員が駆けつけるよりも早くカイとレイがいとも簡単に片付けてしまったのだ。意外なことにマックスが力持ちで、室内のベンチを持ってきて盾にするとその陰でキョウジュが内線で警備員を呼び、ヒロミは手に取った物を投げつけ近寄れないように攻撃しにかかったので、自分もとりあえずヒロミと同じ様に物を投げておいた。周囲の物体をあらかた投げ尽くしたヒロミが、最後に見事なサイドスローでパイプ椅子を投げた時には素で驚いてしまったが。
 そんな経験から、下手に刺激すると手痛い反撃をもらうことになるとタカオは判断し、レポートにまとめてボーグへ送っていた。聖獣を使わなくともあれだけ反撃するなら、聖獣同士の戦いになればもっと激しいことになるだろうと感じたのだ。
 『オレは、カイを殺せるのか?』
 相手が誰であろうと殺せると信じていた。それなのに、標的となるであろう少年を前に自分は迷っている。