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【腐向け】西ロマSS・7本セット

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空を映す湖


 夢を見ていた。
 昔スペインとよく遊びに行っていた湖の水面に、子供の俺が立っている。
 真っ暗な空を見上げれば、頭上に月が密かに輝いていた。空を映す湖面は漆黒の沼のようで、辺りの光を吸収しているのだろうか。真っ暗な空、先の見えない周囲、深い闇の湖面。恐怖のあまり動かぬ足元を見れば、月だけが静かに映っていた。
 その頼りなげな姿。光なくしては自身を主張出来ないその姿を見て、夢の中の俺は「ああ、自分のようだ」と溜息を洩らす。弟の影で、微かに存在を主張する事も出来ない幼い自分。弟が褒められれば褒められる程、濃くなる影。決して自分だけでは照らせぬ光。他者に与える物のない自分の姿を、月を通して見ていた。
 ふいに湖面の月が揺らいだ。空を見上げれば、月が雲で隠されようとしている。微かに辺りを照らしていてくれた光の喪失を恐れて、夢の中の俺は声を上げる。もう居ない祖父の名を、そして躊躇いながらも弟の名を。何度呼んでも声は暗闇に吸い込まれ、ついに月は完全に隠れてしまう。
 もう駄目だと泣きじゃくる耳元で、優しい声が響いた。
「ロマーノ」
 覚えのある声。優しく甘いその声を聞き、涙を拭きもせずに俺は叫ぶ。空に向かって、出来る限りの大声で。いつでも助けてくれる、俺の大切な人の名を。
「助けろ、スペイン!」
 叫んだ直後、背後から強い光が溢れた。光を受け、鏡のように白く輝く湖面。その眩しさに目を眩ませながらも、恐怖で固まっていた体を無理矢理ねじり背後に首を向ける。
 そこには力強く昇る太陽があった。

「……マーノ! ロマーノ!」
 揺り動かされて、目が覚めた。目の前には困ったようなスペインの顔。その顔をぼんやりと見やりつつ目元を擦れば、濡れた感触がした。どうやら泣いていたらしい。
 涙を拭いて辺りを見れば、スペインの家のソファで寝ていた事を思い出す。夕飯を待っている間にひと眠りしようと横になっていたら、夢を見たようだ。
「ロマーノ、怖い夢でも見たんか?」
 心配そうな顔で覗き込むスペインの首に無言で抱きつく。今、お前に助けられた所だと言おうと思ったが、上手く説明できそうにない。あの暗闇の恐怖を、照らす光の安心感をどう伝えたらいいのだろう。結局何も言えぬまま、夢の恐怖を振りはらうように抱きつく腕に力を込め、頬を触れ合わせた。伝わる熱に、酷く安堵する。
「どうしたん? えらい甘えたさんやね」
 スペインが笑ったせいで彼の跳ねた髪がちくちく顔に当たり、くすぐったさに離れようとすれば力強く抱きしめられた。その腕の強さ、耳元で囁かれる声にゆっくり体を預ける。
 いつも守ってくれた腕。卑屈になる自分を引き上げてくれる声。不安を振りはらう笑顔。太陽のようなスペインに、自分は今も守られ照らされている。特別扱いの嬉しさと、対等になれない自分の無力さに少しの悔しさを込めて小さく呟いた。
「……ありがとう」
「え? 何?」
「もう言わねーよ!」
「ええー?!」

 スペインがくれる想いを、いつか俺も同じ大きさで返せるだろうか。
 あの、光輝く湖面のように。

END