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【ヘタリア・仏&加】イヨマンテ(魂送り)

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 確かに毛皮……新天地の物品は魅力的だが、それ以上にかの子供、この大地を育成できるという事は、それ以上の、比べようがない魅力があった。あの子供にどんな才能、素質が眠っているか。何を目覚めさせ、どのように導くかこそが、この新天地発見、植民地開拓を目指させる、動力源、最大の喜びだった。植民地の潤いは宗主国の潤い。確かに新天地に君臨し、支配する宗主国も多かったが、この大地はまだほんの子供。それならば大きな喜びを与えたいと思うのは、”文化と文明を既に持った、大成した大国“としてはとして当然の事ではないだろうか?
 フランスは膝の上の小さな感触を思い出す。それはまだ目覚めたばかりの、温かで柔らかな、新たな生命の固まりだ。その大地が自分の膝の上で、こちらの言葉と物語を、天の恵みである雨のように、素直に受け取りぐいぐいと吸収していた。いずれ自分からの知識の恵みが、子供の中に眠っていた文化という種子と結びついて、新たなる物語が芽吹くだろう。
 もし自分が見つけず、かの子供独りの進化、その成長と目覚めを待とうものなら、後数百年はあの子供のままだろう。いいや、この大航海時代ももう終焉を迎えている。そんな無垢な大地でいられるのも時間の問題、いずれは他の国に蹂躙されてしまうだろう。
 ――イギリスとかな。
 フランスは足下にあった木々をたき火の中に投げ込んだ。生乾きだっため、黒い煙がたつ。空には大きな鳥が数羽飛んでいる。
 調査団からこの国のレポートを受け取った。やはり全てが未熟だった。ヒトは彼だけであり、……不思議な事に、彼と他の獣達は、その獣の間でも、特殊な唸り声を上げて、意思の疎通を行っていた。だのにその他は一切、文字も、当然文化も芸術もあるわけが無く、かの子供はその日食べるためだけの狩猟で生きていたらしかった。
 ――だが、あの子供はあの毛皮を貯蔵していると伝えた。
 あの毛皮を思い出す。裏側、裾は勿論、防腐処理も完璧だった。そしてそれを“貯蔵”しているのだ。一体何で剥いでいるのか、処理をしているのか。……あれだけで、この大地の持つ技術の高さを物語っていた。
 ――そして彼は、それをどうやって体得したのか。
 ヒトの形を成していたのは、一体誰が、何が彼をそう作り上げたのか。
 今一度、あの子供、カナダの事をはっきりと思い出す。姿は小さいが、完全に人間の形をしていた。五本の指は道具、文化を掴み出している証拠、そして自分のような出来上がった国々の手を掴めるという事、そのしっかりとした二本の足は、この大地の隅々までその技術と智慧を広げ伝えられるもの。そしてあの顔立ち、柔らかそうな頬と丸みを帯びた額は、あの大雪の厳しさを、穏やかに受け入れ暮らしていただろう性質が現れていた。
 ――しかし、そこにあの瞳だ。
 貝紫色の瞳を思い出す。その色合いがどんなに貴重か、皇帝陛下謁見の折にしかその色を目にした事がないフランスは知っている。そしてあの小さな子供の持つ貝紫色は、その顔立ちとは反対に、自身であるこの氷の大地を表す冷たい青に、その大地でも生きようとする太陽のような生命の強さ、赤の、相反する色が複雑に絡みあって出来上がった色だった。
 ――あの子供は、子供の姿をしているが、その中身は、“違う生き物”だ。
 初めて見あった時、その紫色にフランスは死を感じた。その感じが今もカナダからは拭えない。……もしかするとそれこそが、フランスがかの子供に執着し始めた理由かもしれない。




 カナダははぁはぁと息切れを覚えて、走っていたその足を歩みに変える。
「決定ダナ。」
「まだ決定じゃないよ!」
 子グマの言葉に、カナダは大声で返事をする。
「……怖イノカ?」
「怖くなんてない、怖くなんて……。」
 カナダの足はぴたりと止まる。
「……いつも僕は与える側だった。送りもてなす側だった。」
「ダカラ、自分ガ送ラレル側ニナルトハ 思ワナカッタ?」
 子グマの言葉にカナダは息を詰める。
「……大丈夫ダ、安心シロ。命ハ普遍だ。ダカラ、コノ大地ハモット豊カニナルトイウ事ダ。……オ前ハ成長スルダケダ。」
「成長、成長……。」
 カナダはそれをぐるぐると口の中でつぶやく。
 自分が成長するなんて、大人になるなんて思いもしなかった。自分は動物達とともに、永遠に子供のままで、ずっと送り続けるんだと思っていた。
「命ハ、普遍ダ。ダガ、形ハイツマデモ同ジママデアルトイウ事ハナイ。ケレド、命ハ普遍ダカラ……。」
 子グマはよしよしと、手をあげてカナダの顎辺りをなでる。カナダはその紫色の瞳を潤ませると、押し殺したような声で小さなしゃくりを上げた。




 三度目の来航。フランスはカナダにゴーグルを送った。「これさえあれば、大雪吹雪の中も、その大事な瞳を痛めないで歩く事ができる。」とのことだった。
「ありがとうございます、フランスさん。」
 この頃のカナダは、文法を間違う事もなく、敬語も立派に使いこなすようになっていた。
 カナダの成長には目を見張るものがあった。フランスの置いていった多種多様な書物もあって、カナダは直ぐに文字も覚え、その内容……、技術の本をカナダは読みとき、実践するようになっていた。
「フランスさん、フランスさんのおかげで、川に橋を架ける事ができました。お陰で僕も自分の大地を新たに探索出来るようになりました。“道”も作ったんです。お陰でどこを歩いているのかはっきりわかり、歩く時間も短縮できるようになりました。山も一部ですが、少しずつ道を造っているんですよ。」
 そうほほえむカナダの額に、フランスは口づけを落とし、その髪先をくるくると指先に優しく巻きつける。
「やはりあの橋と道はカナダだったか。調査団から礼がきている。おかげでこの大地をより調査しやすくなったと。」
 フランスの言葉にカナダは一層ほほえむ。
 それらの建築物は、確かにカナダに一層の利便をもたらしたが、元よりこの大地は彼自身で、それを使わずとも今までやってこられていたものだ。それを実行に移したのは、今の笑顔が表すように、フランスを快く思い、受け入れようとする証しの他ならない。大地にはそれだけでなく、東屋のようなものも所々あり、突然の雨や雪にも備える事が出来た為、それにより一層調査団は進めやすくやすくなったのだ。
 だがおかしな事に、カナダの外見は、初めて会った頃と全く変わず、小さな子供のままだ。
 大地を著しく成長させるのは、技術ではなく文化だ。独自にしろ、影響を受けたにしろ、言葉と文字がある以上、大地は少なからず文化を形成し始める。そしてカナダは、フランスの言葉と文字、技術さえも受け入れ、フランスの為に活用した。その容姿がフランスに近しい形に成長する事をフランスは予測していた。けれどどうだろう。かの大地は全くの子供のままで、一切成長をしていなかったのだ。
 それは最初にフランスがカナダに感じた“中身は別の生き物”の予感を一層増したが、一方でカナダは成長を拒んでいるようにも感じられた。