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【ヘタリア・仏&加】イヨマンテ(魂送り)

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 証拠に、フランスの残した書物の内、特色を色濃く伝える、美術については開かれた形跡がない。美意識の違いというのはあれど、全く、開かれてもいないというのは不思議だった。……技術と言葉が、ここまで受け入れられているのにだ。
「先日お借りした“海底二万リュー”大変楽しめました。フィクションとの事ですが、この潜水艦という乗り物は、いつか未来に実現するような気がいたします。いくつかの場所は作者のジュールベルヌさんの旅行記譚という事もあって、とてもリアリティがあり……、」
 カナダの嬉しそうな感想が続く。全ての発音は美しく、文法も正確ならば、丁寧語の使い方も完璧に理解していた。しかし、その外見は4.5歳の子供だ。……それは異様なものだった。
 フランスの母国語を楽しそうに操るカナダの言葉は、フランスの耳に心地よく響いたが、その一方でフランスは上司からの言葉を思い出す。
 “一刻も早く、カナダからの『黄金たる』物資を送れ。お前を派遣させ与えたのは、そのための資金である。”
 この頃のフランスには新大陸開拓の力はもうなく、それどころか過去のヌーベルフランスも次々にイギリスを筆頭とした他国に奪われだしていた。このカナダが最後の開拓地である事をフランシスも理解していた。
 カナダを脅し、脅迫すれば、毛皮の貯蓄場所はわかっただろうが、フランシスはそれをしなかった。毛皮以外の物質、資源の為はもちろんだが、フランシスはそれ以上に、この最後の開拓地たるカナダの開発と維持を望みだしていた。他の大地が奪われたのならば尚、この新大陸を大事に最後まで……自分と肩を並べ、同じ背丈を持つまで、育みたい。この利発な子供が自分の文化を吸収し、その外見もフランスの影響を受けて大人へと変化する様を間近で……。
「フランスさんのいらっしゃる大陸では、まるで神秘の宝庫のようですね。」
 カナダの貝紫色の瞳は嬉しそうにフランスを見上げてくる。
 フランスはしゃがんでカナダと目線の高さを合わせると、その髪をなでつけそっと耳に囁いた。
「よろしければ今夜は、どうぞ俺の船に来て、その神秘の一端を味わってはいかがかな?」
 カナダの貝紫色の瞳の奥が大きく揺れた。カナダはフランスへと向き直ると、真っ直ぐに瞳を向けたまま、Ouiとフランスの言葉でうなずいた。


 カナダは今、とり囲まれている。
 カナダはもうあの毛皮を着ていない。身に付けているのは今夜の会食用にとフランスから送られた白のシフォンワンピースであり、その頭部には、あの熊の頭ではなく同じく送られたゴーグルがある。
 獣達は手にたいまつを持っている。その先の炎は、太陽を彷彿とさせるかのように、金色に燃えている。
”イヨマンテだ”
”イヨマンテだ”
”イヨマンテ……”
 獣達は口々にその言葉を上らせる。金色の炎はゆらゆらと揺らめき、燃えている。
 カナダはゴーグルにふれると、その言葉に呼応するように、こくりと一つうなずいた。


 フランスの船を、カナダは子グマ連れずに一人で訪れた。
「来たね、いらっしゃい。」
 出迎えたフランスは、カナダが自分の贈ったワンピースを着ているのを見とめると、目を細めて喜び、フランスも又いつもと違う格好でカナダを出迎えた。
 髪は綺麗に撫でつけ春の光を浴びて金色に輝き、その一房は白のリボンで纏められている。髭も丁寧にそり落とし、糊のきいたジャケットにブラックタイを着用している。
 そのフランスの様相に、カナダは眼をぱちくりさせてじっと見る。
「お兄さんだよ、ほら。」
 フランスは結んだ一房の髪の先を顎にあてがい、髭のふりを作ると、にっこりと笑ってカナダを船内へと招きいれた。
 案内された客室は、初めて訪れた地下の暖かなエンジンルームの隣ではなく、三階の、金のドアノブのついた、彫刻の施されたドアの向こうだった。
「どうぞ、ムシュー。」
 その部屋は、現在のフランスが持つ最高の文化と芸術が集結している。仄かな花の匂いが漂い、その正体を探れば、奥の裸体の女性の彫刻が眼に入る。その優しくも美しいほほえみは、この部屋に入るものを祝福している。足元には草原を思わせる毛足の長い絨毯がしかれ、海原でもこの部屋を訪れる客を癒すかのようだ。柱には蔓草の彫刻が天井の縁へと手を伸ばし、その先には春の花々が描かれている。その中央はきらびやかなシャンデリアが優しく輝き、この室内に訪れた者に目覚めの春を感じさせていた。
 全てがカナダには初めてのもので、未知の洗練された文化にカナダはごくりと唾を飲み込むと、部屋の中央は自分の為に用意されたテーブルへと、フランスからのエスコートを受ける。足裏の絨毯は柔らかく、春の新芽の芝生の上を歩いているかのようだ。
 椅子を引かれ、腰を落ち着ける。丸いテーブルには糊の利いた白いテーブルクロスが敷かれ、卓上には新鮮な赤いバラが飾られている。並ぶカトラリーは銀で、皿も金の模様が入る、上質なもの。
 フランスは傍らの蓄音機を操作し、レコードの一枚を掛け始める。流れ出る曲はドビュッシーの月の光だ。そのまま向かいに座ると、フランスはベルを鳴らし、給仕の者に合図を送る。
 もう一つのドアからは、黒のタキシードに身を包んだ男がワインを持って現れる。フランスはカナダに小さなグラスを持つように告げると、その紫色の液体を注いだ。
「あなたと同じ瞳の色の飲み物だ。……神の飲み物と言われている。」
 フランスはにっこりと微笑むと、自分のグラスにも同じように注がせた。
 カナダはじっとその液体を見つめていたが、観念したようにそれをグッと飲み干した。その様子にフランスは眼を見開いたが、カナダはびっくりしつつも、ぷは、と息を無事に吐いたので、安心したように、水も薦めた。
「弱くて甘いのを用意させたが。……お好みなら、もう一ついかがかな?」
「……はい。頂きます。」
 カナダはもう酔っているのか、きっと給仕を見据えて、グラスをもう一度差し出す。今度はそれを、味わうようにゆっくりと飲む。
 ――あぁ、そうだ、この味。
 “紫色だけど、シャンデリアの光の具合で、赤色にも見えるこの液体。”
 喉を熱く通ると、そのままカナダの肺腑を焼きかねない熱さで、その小さな体内を侵食していく。
 ――赤い、命の水が、僕の体の中に、染みこみ、拡がっていく……。
 カナダはその事象を、フランス語での組み立て、“思索”を行っていた。それまで言葉を持ち得なかったカナダは、それを一度としてしたことがなかった。こうして自分の状態を言葉として表す事は、それをより強く確立し、是認する事に他ならない。
「オードブルはムール貝。メインは合鴨のロースト……。」
 傍らで給仕はそれを運びながら説明をする。
 カナダの目はとろんとしていて、給仕の声は半分に、目の前の料理だけをじっと見つめる。しかしその目は料理の形も半分も捉えておらず、その料理の元の姿を、懸命に捉えているかのようだった。“静かな『夢中』”とでもいうべきか、正にカナダ夢の中にいるかのような様子だった。