【ヘタリア・仏&加】イヨマンテ(魂送り)
けれどその食事の仕方は確かなもので、一口一口を味わい、その素材の元の姿をその小さな歯、舌、唇で味わうようにしっかりと噛み締め、舌で捏ねる。その先の喉で大きく嚥下すると、食道を通る感触にその身体を小さく震わせていた。
いつしか、カナダの傍で小さな光球が漂い始めていた。一品目を終えた辺りからそれは灯りだし、二品目、二種目と口に運び終える度に、その光は増えていた。
だが、フランスもカナダも、全くそれには気付いていない。フランスには見えていなかったが、カナダはそれをあえて見ようとはしていなかった。
最後のデザート、イチジクのコンポートを口に運ぼうとした時、カナダの唇は赤く、まるで熟した果実のように色づき、艶やかに膨らんでいた。白い果肉が赤い唇、舌へと誘われるように取り込まれていく。その仕草にフランスは知らずに眼を奪われていた。その咀嚼、唇の動きを見つめていると、“自分もその唇に取りこまれたい。その白く小さな歯に噛み砕かれたい”という異質な思いに胸が占められていく。
全てを食べ終わり、その赤い唇の端から透明な果汁がこぼれ出すのを見て、フランスは無意識に手を伸ばし、そのカナダの顎を持ち上げる。
カナダの紫色の瞳はやはり赤と青とが混ざり合ったもので、……繰り返しの生と死、魂の連鎖を表すような雰囲気を醸して、
それの連続する終わりのない深い奥行きを持って、フランスを見つめ返していた。
その吸い込まれるような深い瞳を受けて、フランスはいよいよその瞳ないし唇に己の物を近づけたが、鼻先が触れ合った事でフランスは気付き、……カナダの膝に敷かれたナプキンで、その口元を拭うに留まった。
レコードはいつの間にか止まっている。皿は片付けられ、部屋には二人きりになった。天井のシャンデリアと、柱にある蝋燭だけが、二人を照らしている……。
“どうだった? お兄さんとこの食事は”
そんな軽口を叩く予定だったはずのフランスだが、一向にその言葉は出てきそうにない。カナダの異質さがこの部屋にも溢れだしているのをフランスは感じ初めている。
給仕の者もそれを感じ取ってか、この部屋には訪れようとしない。まるでこの部屋だけが永遠に隔絶された空間のようだ。そう、昼間カナダが目を輝かせて話していた、海底二万リューの潜水艦、アトランティス号の一室のようだ。
外の闇がこの部屋にまで侵入しているかのような沈黙。フランスは炎の明かりが消えやしないかとちらちらと意識を向けてします。
「フランスさん。」
「、あぁ、なんだいカナダ。」
気付けばカナダはテーブルから離れ、自分の傍に佇んでいた。フランスは知らず、―慄くように―立ちあがると、カナダと一定の距離を保とうと後ろへと下がってしまう。
その自分の行為にはっとするが、カナダに近づく気が全く起きない。つい先ほどまでは、その顎を捕えて顔を近づけていたにも関わらずだ。
――一体俺はどうしちまったんだ。
その理由は無論わかっている。この目の前の、“カナダ”だ。
「……フランス、さん。」
カナダの貝紫色の瞳はじっと自分を捕えている。フランスは身動きができず、ただその瞳を見つめ返すのみだ。
「……さん、」
カナダがその身をフランスへと近づける。すると、フランスは自分を白い光球が取り囲んでいる事に、ようやく気付きだした。
――これは!?
驚くも身体は首一つ動かせず、カナダに焦点を合わせたまま、その端に映る光球に意識を向ける。それは近くに遠くにといくつもあり、自分とカナダを取り囲んでいるとフランスは理解した。
「……。」
衣擦れの音が響き、フランスはまたハッとする。カナダに焦点は合わせていたが、意識は完全に周りの光球にいっていた。再びカナダを見れば、カナダはそのフランスが贈ったワンピースのボタンをはずしていた。
「カナダ!?」
ようやく出た声は存外大きいもので、フランスは自分の声にも驚いてしまう。だが、その身体は相変わらず動く事ができなかい。フランスがごくりと唾を呑んでいる間、カナダはそのワンピースの前を全てはだけさせる。
フランスは息を呑んだ。そこにはヒトの形の身体、胴体はなく、二人を取り囲むこの光球が、大なり小なり寄り集まって、そのワンピースの中身として、カナダの首と手足を支えていた。
「カナ……、」
フランスの声はその名前を最後まで呼ぶ事ができなかった。喉は乾き貼り付くが、もはや唾を呑む事もできぬくらいに動けなかった。そのこめかみにじったりとした汗が流れ出る事だけが、これは夢でも異世界の事でもなく、現実のものとフランスに教える。
カナダの、ヒトの形をした小さな手が、そっとフランスの右手に触れる。それは冷たくはなかったが、膝の上に抱いたあの温かさもなければ、柔らかさも感じない。
カナダはその手を自分の身体、その光の集合の中へと導いた。
瞬間、さまざまな映像がフランスの脳裏に瞬いた。この大地“カナダ”に住まう、生きとし生けるもの全ての生物、動物のみならず植物、果ては山や川の姿と、その全てがこの“現在”から原始の存在へと、何度生と死を繰り返し、進化してきたかが、逆回転でまざまざと浮かび上がる。
何もない雪の大地。穏やかな緑の大地がその下には眠っている。春が来て夏の青さを表しながらその大地は薄く起き上がると、眠る生命に雪解けの水を優しくかけながら生むように揺り起こす。その生命達を遊ばせるための、羊水のような優しさで満ちた湖をぽこぽこと産めば、生命たちはその大地の祝福を喜び受け入れながら活動を始める。
その一方では大地が鳴動し、その呼び声に呼応するようにまた違う大地が割ける。叫び続けた大地は肩をいからせながら横一門に起き上がり、厳めしい体つきをその大地に打ち立てる。獣と呼ばれる荒くも雄々しい命の根源は、その背に挑み遊ぶ事で、その姿を確実なものへと変えていく。
種族を超えた全ての命が、互いの命を、この大地の上で見合ってきた。命たちは声なき声で語る。「俺達は一つの家族だ。俺達は自分達の苦しみを知っている、この大地の優しさを知っている。」その言葉は調べのように、風に乗ってこの大地への贈る言葉となる。大地はその言葉を受けて、一層優しさを大きく広げる。雪も嵐も、かの大地にとっては全てが優しく贈り物となる……。
全てが瞬時の映像だったが、言葉だけはしっかりとフランスの耳に届いていた。それはカナダとフランスを取り囲む光の球体達の言葉だった。光球はこの大地に今まで住まう、全ての生命の光だった。
フランスはいよいよカナダの身体の中にその両手を埋めだした。いまやフランスはカナダのその全てを知りたくなった。フランスの両手はみるみるカナダの身体、その光の中へと、飲み込まれるかのように埋まっていく。フランスの身体はカナダの放つ生命の光によって、薄く照らされ、また感応するように自身もおぼろげに発光しはじめている。
――あたた、かい。
それは完全な人の形になったフランスが忘れてしまっていた、あらゆる生命、大地の根源、“地球”の温かさだった。
作品名:【ヘタリア・仏&加】イヨマンテ(魂送り) 作家名:一天