【ヘタリア・仏&加】イヨマンテ(魂送り)
両腕を二の腕まで埋め込めば、ぬくみは恍惚感となってフランスの体中に優しく拡がり溢れだす。カナダの身体を成形する光の渦が、腕のみならず自分の身体を取り巻く感覚。周りに集まっていた光球はいよいよ大きくなり、自分達を、自分へと集まりだしている。その光球はフランスに触れると、フランスとの境界線を無くし、……カナダの中に埋めていたその両腕も、カナダと同じような光の細かな粒へと変化しはじめていた。しかしフランスはその己の状態を、うっとりとした意識でただ甘受してしまっていた。
――そうだ、俺の本当の姿、俺の本当の形は……。
フランスはどんどんカナダの中に、自身の身体を埋めていく。フランスの両腕は肩までが光の粒となりだし、それどころか、胴体も、その衣服の下はカナダと同じような発光をし始めていた。光球がフランスの髪に触れれば、その髪は触発されたように光の粒へと変化する。
――“……”。
フランスは声なき声で、その言葉を告げた。それは言語ではなく、生命だけが持ち知りえる音の組み合わせだった。
光球は一つの塊となって二人を包み込む。その眩い生命の光の中で、……小さな子供、カナダの、苦しみに歪む表情が、フランスの解けるその意識の隙間に、一瞬映った。
――……!? 俺は何を、何をしようとしているんだ!?
フランスは突如自分のこの状態、融解と、両手をそのカナダの小さな体の中に埋め、それどころか自分自身の全部を入れようとしていた事に気付いた。
――ストップ! ストーップ!!
フランスは脳内で大きく叫び、カナダから自分へと侵食する光の粒、又自分に近づく光球を追い払おうとする。自分の両手はもう肩が入りもうとしていた。カナダの身体に、そんな奥行きはないはずなのにだ。
フランスは足に力を入れて、飛び退くようにカナダの身体から両腕を引き抜いた。その勢いにフランスは尻もちをついてしまう。
「あ……。」
カナダは小さくうめくと、膝をついてその小さな体を折り曲げて苦しそうに咳込みだす。……もうカナダは発光しておらず、周りにも光球はなく。カナダはただ人間の胴体を晒して、何度も咳を繰り返していた。
「だ、大丈夫か、カナダ。」
抱き寄せれば、それは普通の子供の姿に戻っていた。背中をなでながら、表の先ほど両腕を埋めた箇所を確認するようにフランスは撫でる。……やはり、ただの普通の人間の身体だ。
カナダの顔色は悪く、脂汗を滲ませながらなんとか薄く目を開けてフランスを見上げる。そしてそれを語った。
「……心配は要りません、これば、イヨマンテ、なんです。」
「なんだよ、イヨマンテって。」
そう聞き返したが、フランスはそれが儀式であり、どういう事であるかを、わかっていた。それはカナダの身体に腕を埋めた折に会得した記憶だった。
フランスの眼を見開いた表情に、カナダは一つ頷く。
「そうです。あなたの、ご存知の通りです。」
カナダは言語として、それを伝える。
生命たちは、自分達が大地から生まれたという事、自分たちは大地から生命だという事。一つないし全ての生命に危険が訪れた時は、大地の選んだ生命が、犠牲となって他の命の中で生きるという事。
「……言葉は難しいですね。一番近い言葉として“犠牲”、という表現を選択しましたが、そこには悲しいものは決してないんです。」
しかしカナダは悲しそうに微笑む。
そのほかの生命の中で生きる儀式を見守り、見送るのは、それまでこの大地で生きた全ての生命と言う事。送られる命は、無事にその光達に導かれて、……その光球の一つとなる事。
フランスか青ざめた顔で首を横に振る。
「あれは、天に召す事ができない命じゃないか。そんな儀式、俺は認めない。」
「天に召す、という意味はよくわかりませんが、……これまでの命が私達の傍にあるというのは、頼もしくも嬉しい事ではありませんか?」
カナダの言葉にフランスは首を又一つ横に振る。
「確かにそうだが、……あの光球は、それとは違う。俺はそう断言するよ。」
フランスの言葉にカナダは困ったように眉を寄せる。
「……それと、キミが俺へと“犠牲”になるのは、どういう事なんだ?」
「成長、ですよ。命は生き合うんです。僕の歴史を見たのなら知っているでしょう? どうして大地が、植物が、獣達が、あのような姿になれたのか、進化できたのか。」
フランスは不服ながらも一つ頷く。
「……僕にも、“成長”の時が来たんです。フランスさんが僕に下さった文化と技術、そして言語……。それは僕が今まで生命を“選択”した時に送った物と同等に値するものです。ようやく僕も送られる側、……あの漂っていた光の一つになる時が来たという事なんですよ。」
その言葉が言い終わるか言い終わらないかの内に、フランスはカナダの小さな身体を抱きしめた。大きい手のひらはカナダの後頭部を支え、その小さな身体も痛いくらいに強く抱きしめる。
その突然の行為にカナダは驚き、息を飲んだ。しかし、フランスが涙を流していた事に、カナダは一層の驚きを現す。
「何故、ですか。」
「何を言ってるんだ、お前さんは。そんな、そんな野蛮な儀式なんて、俺は認めない。」
「……どうして、ですか。僕はフランスさんの事が好きなんです。僕は成長して、フランス領、カナダ、になるんです。これはそれを円滑に行う為の、儀式なんです。」
「……子供の姿で、そんな大人の言い方なんてしないでくれ。」
来い、とフランスはカナダを抱きしめながら立ち上がる。すると、部屋の隅にあった小さな書棚より一つの書物を取り出すと、フランスはどっかとソファに腰掛けた。そしてあるページを捲ると、ほら、と促す。カナダは困惑しつつも、フランスの開いたページを見た。
「ノートルダム寺院。死者の魂を眠らせ、天へと送る為の建物だ。」
カナダは雷に打たれたように、その建造物をまざまざと見た。その建物の形、様式に、フランスが十を語る事無く、その全て、理由、目的を、瞬時に理解した。
「これ……。」
「お前さんもわかってんだろう? 俺がお前さんの身体の中に手を埋めた時、俺も同じような光の塊になりかけたんだ。……お前さんも、俺んとこの歴史を見たんだろ?」
カナダのかげから、光球がふっと一つ湧き上がる。その光は、吸い寄せられるように、その寺院の図画へと近づく。それに触れると、ふわと、その光球は一層の柔らかな光を纏い始めた。それは喜びを表すかのような光だった。
光球が次々に現れては、その図画の周りへと集まりだす。そして歓喜の光を帯だすと、それをねだるようにカナダの周りを漂い又、フランスに感謝を表すようにフランスの周りに漂いだす。
「これこそが俺からの“贈り”物だ。この建造物をこの大地に建立させてくれ。仲間を待つこの光たちに、もう仲間を待つ必要はないということを伝えるんだ。この大地に居残る彼らを、一つ残らず穏やかに天へと送ってやろう。」
フランスの言葉にカナダはぽろぽろと涙を流し始めた。そして声泣き声を大地は上げた。
カナダはみんなの元へ帰ってきた。その人の形は、完全な人の形となっていた。
「オ前誰ダ?」
吸収され消える事を覚悟していた隣人は、驚いてそう尋ねる。
作品名:【ヘタリア・仏&加】イヨマンテ(魂送り) 作家名:一天