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OP短編集

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「ビーチにて・2」 サンジとナミ



「まったくもう!」
 ぼやきながらナミがこっちへ来るのが見えて、サンジはすかさず冷やしておいた酒とオレンジを取り出す。
 スクリュードライバー。彼女の髪と水着の色だ。
「別に女扱いしろってわけじゃないけど、こうまで無反応なのもどうなの?」
 まぶしく肌を露出させる腰のくびれに両手をあてて、ナミは軽く憤慨してみせる。
「カラダの磨き甲斐がないったら」
 とろけそうに滑らかな曲線、白い肌、爪の先から髪の一本、臍の位置に至るまで完璧な造形── ああ、彼女はこんなに魅力的だというのに。
 サンジは浜辺に目を遣った。
「……夢中だな、あいつら」
「でしょ?」
 少年達(実年齢はどうあれ精神的にはどのクルーも少年だ)は今、波遊びの真っ最中だ。
 能力者もそうでない者もひとしなみに、母なる海と戯れている。潜ったり浮いたり泳いだり、時には溺れかかって── なのにちっとも懲りやしない。広大で柔らかな青に誘われるまま、また飛び込んでゆく。
 あいつらァ女神より聖母か。
 サンジはそう思い、笑った。
「腹が減るまでこっちにゃ見向きもしねェな」
「女に興味がないのかしら」
「ンな事ァねェだろ」
「サンジ君は?」
「おれはいつだって海よりも眩しいナミさんの姿に釘付けさー! まるであらがえない引力のようにこの視線は君を」
「……あいつらと同レベルね」
「えぇ?!」
 真夏の太陽みたいなスクリュードライバー。ナミは一口含んで「美味しい」と顔を綻ばせた。
「ゾロは?」
「問題外。あいつ海にも女にも興味ないの」
 ナミの視線が指した先、クルー達から少し離れた場所で、巨大な錘が上下しているのが見えた。
「ビーチに来てまで鍛練かよ……あいつ人生何が楽しいんだろうな」
「フェチよフェチ。強くなるのがキ・モ・チ・イ・イ・のよ」
「成程。じゃあ目標を達成する頃にはえらい事になっちまってるかもな」
「鷹の目を倒した暁にはヨすぎてイッちゃうかもしれない」
「うわっ、想像したくもねェ」
 本人が聞いたら間違いなくぶった斬られそうな会話だ。ナミが可笑しそうに躰を揺らす。
「なんだか新鮮。サンジ君と猥談なんて」
「おれも、ナミさんの口からそんな刺激的な言葉を聞くと思わなかったな」
「どんな言葉?」
「……イッちゃう、って」
 一瞬の沈黙。次いで同時に吹き出した。眩しい太陽の下では、艶めく言葉も健康的にカラリと乾く。
「仕方ないわよ、夏だもん」
 無責任に気候の所為にする。そう、いつもと違う会話も、大胆な言葉も、泳げないくせに海に飛び込んでしまいたくなるのも── 真夏の陽射しが心を解放させるから、ということにして。
 中身が半分ほど減ったグラスの表面に浮いた水滴が、こらえきれずに流れていく。
「ナミさん」
「うん?」
「キスしよっか」
 いつもと違うコト。
 少し酔ったようなチョコレート色の眼が眩めいた。柔らかな躰がサンジに寄り添って、熱気に火照った唇が重なる。
「……見てる?」
「見てないよ。あいつら、海に夢中だ」
「そお、じゃ、もう一度」
 搾りたてのオレンジの味。
 遠くにあがる悲鳴、笑い声……海にのまれたのは誰だろう?
 綺麗にマニキュアを塗った指先が、サンジの前髪を掻き上げた。
「……汗かいてる」
「熱いからね」
「意外に冷静なのね?」
「そうでもねェさ。本当は足が今にも躍り出しそうなんだ」
 至近距離で眼を合わせて、笑い合う。
「ねえサンジ君」
「ん?」
「えっちなこと、しよっか」
 言葉と同時に二本の腕がするりと伸び、サンジの首をつかまえた。水着だけの躰がくっついて、サンジにナミの柔らかさを生々しく伝えてくる。
 シャツ一枚を隔ててサンジがうろたえるのがわかった。それは、いつもの彼だ。── 別にいいのに。
 もどらなくても。
「な、ナミさ……?」
「だって、女にだって性欲はあるのよ」
 知らない訳じゃないでしょ?
 グラスの中で溶けた氷が鈴のような音をたてる。やがて、気温の所為だけでなくしっとりと熱い掌がナミの腰を支えるように、優しくふれた。
「……そんなに煽って、知らねェよ?」
「だって夏だもん」
 波の音、騒ぐ声。
 真夏の熱がふりそそぐ。
 とろけたスクリュードライバー。
「ナミさん、」
 いつもと違う会話も、大胆な言葉も。
「……しようか?」
 泳げないくせに飛び込んでしまいたくなるのも、夏の所為にして。
 それでも、ふざけた言葉の割にどこか真剣な色を帯びているサンジの眸を覗き込み、ナミは悪戯っぽく笑った。

「── できるものならね?」



作品名:OP短編集 作家名:にこ