魔法少女ほむら☆マギカ -その後の世界-
魔獣はふらり、と夢遊病者のように動き出すと、ほむらの姿を恨めしそうに眺めた。そして、ゆるりと近付いてくる。
「相手が悪かったわね。」
ほむらは魔獣に向かって冷徹に言い放つと、左腕を魔獣に向けて突き出した。直後、鈍い黒色に覆われた長弓がその左手に出現する。魔獣がぎょっ、とした様子を見せたのは気のせいだろうか。魔獣に感情が残されているのか、それはほむらが知るところではない。いずれにせよ、魔獣の感情など理解できるはずもないのだから。
無言のままで、ほむらは右手を弓の弦へと差し出した。そして、落ち着いた動作で弓を引き絞る。その動きに合わせて弓と弦の狭間に出現した桃色の刃を、ほむらは冷静に魔獣へと向けると、慣れた動作で右手に込めた力を抜いた。
ひょう、と唸りを上げて飛んだ魔法の矢は瞬時に魔獣へと突き刺さり、その存在そのものを消滅させる。直後に、からん、と小気味よく、小さな音が鳴り響いた。魔獣がその死後に現世に残す唯一の物質、通称『魔獣のコア』と呼ばれている、小石大の黒い塊であった。だが、コアを回収する余裕は今のところ存在しない。魔獣はまるで湧き出るように、性懲りもなく、次々と現れた。地表から浮き出るように現れる、無個性な魔獣に向かい、ほむらは次々と矢を放ってゆく。だが、それでも足りない。今日は本当に、瘴気が濃い。何が原因かはわからないが、魔獣がそのエネルギーの源とするには十分すぎるほどの瘴気が満ちているのだろう。終わらない。小一時間程度の戦闘活動を過ごして、ほむらは焦るようにそう考えた。終わる気配が見えない。一体何匹の魔獣を倒したのだろうか。もう十か、二十か、それとも五十か。それすらも判別がつかなくなる程度にほむらが疲労を覚えた頃。
「ほむら、危ない!」
キュゥべぇの叫ぶ声。あの小動物が絶叫するなんて珍しい。そう考えながらほむらは背後を振り返り、そして絶望した。目の前に、一際巨大な魔獣、すでに背後を取られている。振り下ろす、その手にしたものは棍棒か、それとももっと邪悪な武器か。いやにゆったりとした動作で降り下ろされる棍棒を、しかしほむらはただ見つめる以外の方法をもたなかった。無意識に右手を左腕に伸ばす。だが、その場所には、愛用した盾はもう存在しない。
「ティロ・フィナーレ!」
棍棒がほむらの脳天を破壊するよりも瞬間だけ早く、凛とした女性の響きが周囲を包み込んだ。直後に、金色に輝く弾丸が魔獣を吹き飛ばす。意味をなさない呻き声を上げながら消滅した魔獣の背後に現れた人物は、綺麗なウェーブを持つ髪をツインテールにした、まるで大砲のような銃を抱えた魔法少女の姿。
「まだ、戦いは終わっていないわ!」
ただ呆然と少女の姿を見つめていたほむらは、続けて放たれた、聴く者を鼓舞させる少女の声を耳に収めて、我に返ったように瞳を見開いた。そして、頷く。突然の加勢の出現に、魔獣たちは恐れおののいたように、見えた。否、事実恐れたのかも知れない。マミが緩やかに右手を地に向けて翳しながら、その身体をくるりと、一回転させた。それと同時に現れるのは無数のマスケット銃。空に浮くように直立するマスケット銃の一つを手にしたマミは、戦闘とはとても思えない笑顔を見せると、片手で銃弾を放った。胸元を射抜かれた魔獣がよろめき、そして消滅する。突然の加勢に気力を取り戻したほむらもまた、得意の鏃を魔獣に向けて放った。その後、たいした時間もかけることなく、魔獣たちはその力を失い、威力を地の底へと撤退させて行ったのである。
「怪我はない?」
瘴気が消滅したことを確認し終えた頃、ツインテールの魔法少女が、マスケット銃を魔力の彼方へとしまい込みながらほむらに向かってそう訊ねた。
「ええ。大丈夫。・・ありがとう。」
不思議な感覚を覚えながら、ほむらは彼女に向かってそう答える。他の魔法少女に出会うことが初めてだったからかも知れない。いや、本当にそうだろうか?
「なら、良かったわ。」
瞳を細めて笑顔を見せながら、彼女はそう言った。そのまま、続ける。
「私は巴マミ。貴女は?」
「暁美ほむら。」
今朝自己紹介した時よりももう少し心を込めて、素直に、ほむらはそう答えた。彼女に、以前、どこかで。
出会ったことがあるような、気がする。
「これからも宜しくね、ほむらさん。どうやら同じ学校みたいだし。」
続けて、マミは悪戯をするように軽く、そして楽しげにほむらに向かってそう言った。確かに良く見ると、魔法少女の衣装を解いた後に現れた学校の制服は、自身が身に付けているものと瓜二つのデザインであった。その事実にほむらは妙な親近感を覚えた。直後にマミが差し出した右手を遠慮なく握り締めたのは、その親近感がなせる技であったのだろう。
それから暫く、ほむらとマミは共闘して魔獣退治に当たることが常となっていった。事前に打ち合わせをしているわけではない。学校で稀に顔を合わすことはあっても、魔法少女に関する話題はお互いに避けていたから、精々会釈をする程度に収まる。それでも毎日のように顔を合わせることになったのは即ち、二人が同じ目的で活動する以上、必然として同じ場所に姿を表すことになる、という理由に他ならない。そうして戦闘を重ねてゆけば、自然の内にお互いの戦い方に対しても理解を示せるようになる。ほむらもマミも、遠距離による攻撃を得意とすることもあったせいか、二人は自然のうちに連携を組んだ戦いを行うようになっていった。おかげで、一人で戦っていた時期に比べると、格段に効率が良く、しかも安全に戦闘を行うことができる。お互いに向ける言葉は少なかったが、それでもほむらにとっては、そして恐らくマミにとっても、お互いに心強い味方であると考えるようになっていたのである。
それから、一週間程度が経過した時である。その日も、妙に瘴気が強い一日であった。
「仁美?」
ソウルジェムを手に摘みながら、魔獣の気配を探っていたほむらは、ふらふらと夜の街を歩く仁美の姿を見つけて、訝しむようにそう呟いた。仲が良いという訳でもなかったが、それでも一応お互いを認識している程度の仲ではあるし、第一、あのお嬢様風の少女がこんな時間に、しかもたった一人で繁華街に用があるとも思えない。只でさえ年若い少女が歩くには多少の注意を払わなければならない場所で、しかもこのような瘴気の濃い日に、何かに巻き込まれないとも限らない。そうほむらが考え、一言声をかけようと仁美に向かって足を向けたとき、どうやら既に異常事態が発生しているらしいことをほむらは認識した。
良く見れば、仁美の周囲を、薄い瘴気の渦が取り囲んでいる。魔獣が人を喰うときに使用する、魔獣の霧であった。しかもそれは、仁美だけにかけられている訳では無いらしい。周囲に視線を回せば、既に複数名の、年齢も様々な人間が既に魔獣の霧に犯されている。おおよそ、十数名といったところか。まるで夢遊病者のようにふらふらと、それでも一律の規則性を持って彼らは歩いていた。まるで、何者かに引き寄せられるように。
「今日の魔獣も、手強そうね。」
作品名:魔法少女ほむら☆マギカ -その後の世界- 作家名:レイジ