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魔法少女ほむら☆マギカ -その後の世界-

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 仁美に声をかけることを瞬間躊躇ったほむらに対して、背後から声をかけた少女がいる。マミであった。その言葉に、ほむらは振り返らずに一つ頷くと、声を落としながらこう言った。
 「後を付けるわ。」
 この付近には魔獣の気配を感じ取ることができない。おそらく、別の場所から集団を遠隔操作しているのだろうと考えたのである。
 「それが妥当ね。」
 マミもほむらの意見に対して、そのように同意を示すと、仁美も含まれる集団から少し離れて、ゆっくりと歩きだした。尾行というには軽率すぎる追い方ではあったが、仁美はもちろん、その集団の誰もがほむらとマミの二人に気付く気配はない。
 「キュゥべぇは?」
 暫くの尾行を行なった後に、どうやら妙に気取られる心配も無いらしい、と判断したほむらはマミに向かってそう訊ねた。場所はいつしか繁華街を抜け、街の外れ、寂れた郊外の工業団地へと移っている。
 「さぁ、私も最近姿を見ないの。」
 ほんの少し心配するように、マミはそう言った。あの不可思議な小動物を案ずる必要なんてないのに、とほむらは思ったが、口には出さない。
 「それよりも、どうやら目的地に着いたみたいね。」
 続けて、マミはほむらに向かって小声でそう言った。あれだけ明るかった繁華街とはまるで対照的に、必要最低限に設置された街頭以外には明かりすらも不足している場所、どうやら倉庫らしき建物にその集団がぞろぞろと侵入していった。鍵を開けた様子が見えないところを見ると、或いは既に業務としての用を終えた廃屋かもしれない。
 「もう少し、近付きましょう。」
 マミの提案に、ほむらもこくり、と同意を示す。瘴気が街中よりも強くなっていることは、ソウルジェムに頼らなくとも十二分に判断できる。寧ろ、軽い吐き気を感じるほどの瘴気であった。
 「さて、困ったわね。」
 さして困った様子も見せないで、マミは呟くようにそう言った。
 「突入すればいいわ。」
 さっぱりと、ほむらはそう答える。
 「余計な怪我人を出すわけにはいかないでしょう?」
 「大丈夫よ。」
 ほむらのその意見に対して、マミは僅かに思考するように、彼女らしく優雅に人差し指を口元に当てた。その後数秒して、決心を付けたように答える。
 「仕方ない、か。」
 ふっ、と肩の力を抜くようにそう言ったマミは、左手にソウルジェムを取り出すとそれを両手で包み込んだ。それにあわせて、ほむらも自らのソウルジェムを目の前に翳す。魔力と化した光に包まれながら、瞬時に変身を終えた二人は、合図するように頷くと、小走りに倉庫へと駆け出した。そのまま、高めの天井が用意された倉庫の中に突入する。どうやら、集団は先程ほむらとマミが備考した一団以外にも存在していたらしい。その場所には、男女合計三十名程度の人間が存在していた。
 「意外と、多いわね。」
 呆れたように、マミがそう言った。それには同意ね、とばかりにほむらが肩をすくめたとき、どうやら仁美がほむらの姿に気がついたらしい。
 「あら、ほむらさん。どうしてここに?」
 「貴女を追ってきたのよ、仁美さん。」
 冷静に、ほむらはそう答える。だが、その言葉は正しく仁美には伝わらなかったらしい。
 「ああ、ほむらさんも私達の考えに賛同していただけるのですね!」
仁美は何かに感激した様子で、ほむらに向かってそう言った。大袈裟に、両手を広げてほむらを迎え入れる様に。そのまま、仁美は興奮を隠しきれない、という様子で言葉を続けた。
 「本当に素晴らしいわ!では、ほむらさんもご一緒に、新たな世界へと旅立ちましょう!」
 「新たな世界?」
 軽く首をかしげながら、ほむらは仁美に向かってそう言った。仁美が何に感激しているのか、今ひとつ理解できない。だが、そのほむらの返答を以って、仁美は了解の意思と捉えたらしい。広げていた両手をほむらに向けると、ひんやりと冷たい感情を込めながらこういった。
 「そうですわ。このくだらない現世から、私たちは脱出するのです!」
 意思を感じさせない、無機質な瞳のままで仁美はそう言うと、ふわりと体を半回転させながら、月明かりに鈍く光るコンクリートの床の一部を指し示した。そこにあるものは、日用品売り場で販売している様な水色のポリバケツである。その中には、つんとする薬品の香りを放つ、透明な液体が満たされていた。
 「さぁ、新世界へ・・。」
 恍惚な表情そのままで、仁美がそう言ったとき、中年程度の年齢に見える男性がリッター入りの洗剤を片手に、ふらりふらりとポリバケツへと歩んでいった。洗剤、つんとする香り、新世界・・。
 「危険だわ!」
 先に叫んだのはほむらではなくマミであった。猛烈な勢いで駆け込んだマミは、その脚でポリバケツを蹴り飛ばす。相当量の合成洗剤が用意されていたのか、ゆったりとした動きで床に倒れるバケツから、きつい香りと共にコンクリートへと洗剤がぶちまけられる。そのマミの動作に、仁美は奇声にも近い声を上げた。
 「なんてこと・・なんてことを!」
 しまった、と思った直後には既に周囲を囲まれていた。恨めしそうにほむらとマミを睨み付けながら、包囲網をゆっくりと縮めてくる。
 「まるで、ゾンビみたいね。」
 顔を軽く引きつらせながらそう言ったマミに対して、ほむらは頷きだけで応える。それにしても、どうすればいい。三十名程度の相手ならば蹴散らすことは簡単だ、だが不用意な攻撃で一般人に危害を与えるわけにはいかない。
 「困ったわね・・。」
 じりじりと、後ずさりしながらマミはそう言って、こつん、とほむらの肩にその背中を当てた。
 「攻撃するしか、なさそうね。」
 決断を促すように、ほむらは背中越しのマミに向かってそう言った。
 「それは、」
 そうマミが反論を口に出しかけた瞬間である。倉庫の反対側で、何かが突き破られるような衝撃音が響き渡った。かなり大きい、車両でも突っ込んで来た様な衝突音。それに反応して包囲網が僅かに緩む。その狭間を縫ってほむらが、そしてマミが駆け出した。呆気に取られた集団が、つたない足取りで二人を追いかける。だが、その動きは長くは続かなかった。衝突が起こったらしい倉庫の奥、普段は事務室として使用されているらしい一角で満足したように、激しい運動の直後であるように肩を上下させている少女の姿がほむらの視界に写った瞬間、背後の集団がふらふらと、まるで糸が切れた操り人形のようにふらりと半身をのけぞらせると、次々と硬いコンクリートへと倒れ込んでいったのだから。
 「美樹さやか・・。」
 ほむらですらも予想外であった人物の登場に、マミもまた、状況を理解するように周囲に視線をめぐらせた。魔獣の姿は見えない。そして、目の前のさやかは今、どう見ても魔法少女の姿格好をしていた。片手に持つ剣は、恐らく彼女の魔法具なのだろう。
 「む、転校生。なんであんたがここにいるんだよ。」
 遠慮の無い敵愾心を見せ付けながらさやかがそう言うと、ほむらは気だるそうな吐息を漏らした。口論をするは面倒だ、ただ、状況だけを把握したいのに。
 「貴女も、魔法少女みたいね。」