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【けいおん!続編!!】 水の螺旋 (第三章・DIVE) ・上

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 和が怪しいと思って調べてみたのは、自分がアルバイトをしている石山教授の研究室だった。研究室を調べてみようと思ったきっかけは、ほんの些細ことであった。それは、自分の実験操作の指導をしてくれていた院生の名前が賭里須 凜であり、下の名前が、澪たちに暴行を加えた男性に対して唯が呼んでいた名前と同じ“リン”だった、ただそれだけである。むろん、名前が同じだからといって、同じ人物であるとは限らない。和自身も、最初はもしかしたらそうかもしれないな、という程度にしか考えていなかった。
 しかし、それが先日、研究室に行ってみたら、状況は一変した。まだお昼だというのに、凜の姿はなかった。別の院生に「賭里須先輩は?」と訊いてみると、その院生はこう云った。
「ああ、賭里須か。今日は来てないな。というか、実はこの数カ月の間、あんまり研究室にいないんだよ」
「え、そうなんですか?」
「うん。ここんとこ毎日、研究室来ても、君の指導を終えたらすぐに帰っちゃうとかザラでさ。いくら優秀っていっても、実験進めなきゃ修論書けないし、今からこんなんで大丈夫か、と秘かに心配してるんだよなぁ」
 ということは、賭里須 凜が姫子の勤めるカフェに行っていた可能性もある、ということだ。
 つづいて、和は教授室へ行ってみた。石山教授は不在だったが、学生たちが資料や卒業生たちの過去の実験ノードなどを参考にできるように、教授が不在でも、研究室が活動している間は、教授室には自由に入れるようになっている。
 和は教授室の中を見渡した。特にこれといって、手がかりになるものはなさそうだ。と思ってふと見たら、机の隅の方に、一冊のノートが置かれてある。卒業生の書き残した実験ノートなど、他のノートはすべて棚の中に納められているのに対し、一冊だけ置かれているのが妙に気になる。和はそのノートを手にとって、中をパラパラとめくってみた。
 そして、何気なくあるページを開いたその瞬間、
「え、これって!?」
 和は思わず声をあげた。
和の目に飛び込んできたのは、前日に唯の家のパソコンで見た、『Southern』という実験結果の画像とまったく同じ写真だった。さらに、貼られた写真の上には、日付、解析したサンプル、被験者の名前が書き込まれていた。解析したサンプルは、SDR region。そして被験者の欄には、“Yui Hirasawa, age 19”。
どうやら唯と賭里須 凜、そして石山教授がつながっているのは確かなようだ。
 和はノートの次のページをめくってみた。次のページには、やはり唯の部屋で見たのと同じRT-PCRの結果があった。
 そして注目すべきは、唯の家で見た画像ファイルとは違い、ノートにはサンプルの詳細や実験の結果や考察が事細かに書かれていることであった。
 まず、SDR配列の検出には、唯の血液の中に含まれる白血球を用い、さらにネガティブコントロール (調べたいサンプルの結果が有意であることを示すために、あえて-の結果が出ることを想定して同時に解析するサンプルのこと) として、別の学生から採取した白血球を用いていること。
また、RT-PCRの解析では、唯の体内にSDR因子というものを導入し、そこから0, 4, 8, 12時間後にサンプリングした唯の白血球から、SW1というタンパク質をクロマチン免疫沈降し、そこからSW1 recognized regionというDNA配列をPCR解析することで、この配列にSW1が結合しているかどうか調べていた。なお、そのネガティブコントロールとして、唯の白血球からSW1 recognized regionとは別の領域と、同様にSDR因子を導入した別の被験者について同じ領域を解析した結果を用いていた。
 どのような実験系なのかは分かったが、それでも分からないことがまだ多すぎる。SDR領域とは何なのか、そして、今初めて目にしたSDR因子, SW1, SW1 recognized regionも当然何のことだか分からない。第一、なぜ唯についてこの解析を行う必要があったのか。
 ただ、この解析は唯を被験者にしてこそやる意味があるものだったようだ。それは、他の被験者ではネガティブな結果しか出ていないが、唯について解析したら逆にポジティブな結果が出ていることからも明らかだ。
 では、SDR領域をはじめとした、これらの専門用語と唯とはどのような関係があるのか。他にヒントはないかと、和は教授室の引き出しなどを調べてみた。すると、ひとつの論文に目が止まった。目が止まった理由は、まさに今自分が疑問に思っていた、『SDR region』という用語がその見出しにあったからだった。
 論文のタイトルはこんなものだった。
『SDR-region is the key that makes the person dive to the Spiritual World』
 和訳するとこうなる。
『SDR領域は人を精神の世界へ飛び込ませる鍵である』
 著者の欄には、Ishiyamaという名前があった。石山教授が書いた論文らしい。アブストラクト (要約) の部分を読んでみたが、目を疑うほどに、にわかには信じがたい内容。だが和は、一応念のために、論文の他の部分もざっと眺めてみた。すると、長々と書かれた英文の中に、SDR factor, SW1, SW1 recognized regionという単語が目についた。やはり、何かの手がかりになりそうだ。
 和は早速教授室のコピー機で論文をコピーした。家に持ち帰って、じっくり読んでみるために…。

「実際家に帰って、読んでみたわ」
 和は、これまでの経緯の話をここで区切った。
「…で、その論文には、どんなことが書かれていたんだ?」
 しばらく間を置いて、澪が質問する。
「うーん、簡単に云うと、SDR領域っていうのは、限られた人のゲノムにのみ存在する反復配列のことで、そこにSDR因子が結合することで遺伝子発現が誘導されて、特殊な能力を発揮できるようになる、みたいなことが書かれていたわね」
 和はそう云って、みんなを見廻した。誰しもが、漏れることなくキョトンとした顔をしている。考えてみれば当然である。専門知識なしに、理解できる話ではない。
「…えっと、もう少し分かりやすく説明するわ。憂、書くもの持ってる?」
 憂は自室から紙とペンを持ってきた。和はそれらを受け取ってテーブルに座り、紙にペンで図を書きながら説明を始めた。
「いい?まず私たちの細胞には核があって、その中には染色体というものが含まれているの。その染色体は、タンパク質とDNAという物質で構成されている。DNAは二重らせん構造をした長いひも状の物質なんだけど、その中には私たちの身体を構成するのに必要な設計図、遺伝子が含まれているわ」
「え、ちょっと…」
 といって、手をあげたのはムギだった。
「DNAの中に遺伝子が含まれているってどういうこと?DNAと遺伝子って同じものじゃないの?」