【けいおん!続編!!】 水の螺旋 (第三章・DIVE) ・下
石山の話はまだ続く。
「さて、私はそれらの現象の中には、単なる偶然ではなく何か科学的な解釈が当てはまるものも存在するのではないかと考えた。そして、自分の専門である医学・分子遺伝学的なアプローチで調べてみることにした。まず、仲間の研究者たちと手を組んで、世界中の超能力者と呼ばれる人たちをピックアップしてね、彼らの細胞のゲノム情報や発現しているタンパク質を網羅的に調べてみた。するとだ、その中の一部には、普通の人にはない特異的なDNA反復配列といくつかの特異的な発現タンパク質が見つかった。それらが見つかった人の能力について調べてみると、彼らは夢で見た光景や聞いた言葉なんかを使って予言したり、物に触れた瞬間に夢の世界と通信して、その物に関わった人間の過去や未来が見えたりするような能力をもっていた。それで、我々はこの世界とつながった別の世界があり、その世界には特殊な反復DNAと特殊タンパク質の発現がある者が、夢を通じて行くことができるのではないかという仮説を立てたわけだよ。そして、その仮説を実証すべく、解析を行ってきた」
―あと石山教授は解析によって分かったことに話し始めた。それは、先日和がみんなの前で話した内容とほぼ同じだった。―
「…それで、先生はそのSDR領域が私にもあるみたいだから、ぜひ被験者として使いたい、って」
「それで、唯はその申し出を受けたのか」
澪が尋ねた。
「うん。というか、どうしても受けないといけないような雰囲気だったの」
「どうして?」
「石山先生によると、今この世界はとんでもない危機にさらされているというの。誰かがそれを食い止めなければならないって。だから、それができる私に、ぜひとも受けてもらいたいって…」
「それって、まるっきり怪しげなカルトの勧誘みたい…」
梓がぼやいた。
やっぱりお姉ちゃんは日ごろからちゃんと見といてあげないと、変な人に騙されかねないわ。憂は心でそう呟いた。
だが、今回のケースに限っては、単純にそういう類の話であるとは云い切れないというのは、ここにいるみんなが思っていることであった。
次に和が手を挙げて質問した。
「…唯、ひとついいかしら。なぜ石山先生は唯に白羽の矢を立てたのかしら。頼むなら被験者にしたという超能力者にするのが妥当だし確実だと思うけど。だって、石山教授の話では、彼らはもとから精神世界にダイブできるんでしょ。ということは、彼らはSDR領域も持っているし、SDR因子も自ら発現できるってことじゃない。SDR因子の発現ができない一般の人を探すより、その方がよっぽどいいと思うんだけど。あと、もうひとつの疑問なのは、そもそも唯がSDR領域を持っているなんて、どうして分かったのかしら」
「うん。確かに、そういう人たちはSDR因子も自ら発現していて、だから精神世界にダイブすることができるみたい。けれど、彼らのSDR因子の発現量はかなり少ないし、SDR領域のリピート数や、SDR因子が認識できる“AGTG”の数が少なくて、精神世界に対してアプローチできる力は小さいということらしいの。あと、私に目をつけた理由なんだけど、実は私、こないだ大学で献血を受けたの。その献血センターの所長と石山教授が仲いいらしくて、採集した血液を少し分けてもらうようにお願いしてたんだって」
「なるほどな、それで唯がその配列を持っていることが分かったというわけか」
「うん。それで調べてみたら、私のSDR領域は保存度がものすごくいいんだって。超能力を持ってる人でも、平均のリピート数は三百前後なんだけれど、私の場合千以上もあったんだって。あと、AGTGの数も1リピート中に3つもある。普通では考えられない保存度だって云われた」
しかし、献血に訪れた人の血液中のDNAをその人に無断で解析に用いるなんて、明らかにプライバシーの侵害だ。石山教授がそのようなマッドサイエンティストだったなんて。と和は思った。
憂がさらに質問した。
「じゃあ、このデータは何?」
そう云って、憂は一枚の紙を唯に差し出した。そこには、唯のパソコンに入っていたサザンとRT-PCRの結果が印刷されていた。
「これって…」
唯は驚いた声を出した。
「ごめんね。お姉ちゃんが心配で、和ちゃんと一緒にお姉ちゃんのアパートに行ったの。そこでパソコンに入ってるデータを持って来ちゃった」
あの時、パソコンに入っていたデータを和は自分のUSBに保存した。そしてそれを帰った後で、プリントアウトしていたのだった。
「そうだったの。まあ、別にいいや」
自分のパソコンの中が勝手に見られたのを知っても、唯はあっさりしたものである。
「実はね、あの後、私SDR因子を含んだ薬を飲まされて。それから、12時間の間、4時間おきに血液を採られたの。実際に私が精神世界にダイブできる人間かどうか確かめるって云って。注射、すっごく痛かったー…」
唯は左手で右腕の関節を押さえて身体をクネクネさせた。注射の痛みがよっぽどこたえたのだろう。唯らしいしぐさのようにも見える。
憂が云った。
「それで帰ってきて、バタンキューだったのね」
「そうそう。待っている4時間の間、ずっとまた注射される!って思ったら心が落ち着かなくてさー。帰ってきたら疲れてフラフラ…。憂がいたのに構うこともできずにそのまま寝ちゃった。そしたら、その夜からやっぱりリアルな夢を見たよ。薬の効果があったんだね」
「リアルな夢って?」
「何というか、現実感のある夢。人々の感情や、私たちがたどってきた進化の歴史、そして昔のことやこれから起こることなんかが、やや抽象的な風景の中に映し出されているの。これまでにも、そういう夢は何度も見ているんだけど、これまでとは比べ物にならないぐらい具体的にはっきり。あと、体感みたいなのも伴うし、襲われたりすることもある。そこから数日間、そういう夢を見っぱなし」
唯はさらに身を乗り出して話を続ける。
「もうすごく暗い気持ちになったよ。だって、我々ヒトが犯してきた過ち ―人によっては “罪”という人もいるけど― 、とにかくその“罪”のためにこれから起こり得る末路が見えるわけでしょ。あと、自分自身もその世界にいて、実際に体験しているわけだから、自分にも被害が及ぶ危険性は十分にある。しかも石山先生には、夢のことは誰にも話すなと云うし。ひとりで抱え込んで、おかしな気分になりそうだったよ」
梓は思い出した。先日のスタジオで唯が心ここにあらずといった感じでギターを弾いていたことを。
夢の内容が重くのしかかって、演奏を楽しむどころじゃなかったのだ。精神的に不安定だから、奏でるサウンドも弱々しくなったり、急に針を刺したように鋭くなったりしていたのだ。夢を見る度、世界の終焉を目撃したり、自分にさえ危険が及ぶような場面を毎晩体験していたことを考えれば当然である。
次に、和が尋ねた。
「それで、石山先生は唯にその精神世界で何をさせようとしているの?」
「私のはたらきで予定された未来が変わるのか見たいって」
「未来を…変える…?」
作品名:【けいおん!続編!!】 水の螺旋 (第三章・DIVE) ・下 作家名:竹中 友一