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【けいおん!続編!!】 水の螺旋 (第三章・DIVE) ・下

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 姫子は唇を噛みしめた。凜の言葉が胸に突き刺さった。こんな露骨な表現しなくってもいいものなのに、酷いといえばあまりに酷い。
 姫子は耐えられなくなって、自分の正直な気持ちを、自分の口から発した。
「あなたに好意があるから。…それが理由じゃダメですか?」
「好意?」
 凜は初めて姫子の顔を見た。
「あなたがお店に来てくれていた時から、あなたのことがずっと気になっていました。あなたの姿を見るだけで心がウキウキして、“いらっしゃいませ”とか“ありがとうございました”とか、声をかけるだけで明るい気持ちになった。バーで会った時はかなり怖かったけど、今日改めて会って、やっぱりまだあなたが好きって分かった。だから、こうやってお話して、あなたのこと色々知りたいと思った。それが理由じゃダメなの…?」
 凜は窓の方へ向き直り、少し笑って云った。
「君は、面白いことを云う」
「…面白い?」
「誰かを好きになるとか、好きになられるとか、僕には無縁の世界だと思ってた。そんな自分に、君は“好きだ”と云った。こんなに面白いことはない」
「面白いって…。そんな云い方、あまりにひどいわ」
「すまないな。僕にはこういう云い方しかできない。他人への気づかいがどんなもので、どういう風に表現したら相手を傷つけないか、というのが分からないんだ」
 姫子は泣き出したい気分になった。今すぐにでもこの男の頬をハッ倒して、部屋から出ていきたいという衝動にも駆られた。しかし、彼の横顔を見ていると、やはり彼に情が移ってしまう。そんな自分が腹立たしいとも思う。だが、見方によっては、凜の横顔にそれなりの憂いが感じられるのも事実だ。
「恋愛に限った話じゃない。他人との関わりそれ自体が、僕にはとても不可解なものに感じる」
「人との関わりが、不可解…?」
「例えば世間では『人々の迷惑にならないよう、ルールに従い常識を守って生きろ』という。それができない奴は、いくら勉強ができようが仕事ができようが、社会人としてダメだと云われる。けれど、それは本当に正しいのか?ルールやモラルなんて個人個人の見解で変わるものだし、どうしてそうしなくてはならないのか、明確な答えのないものも多い。また、大きな矛盾を抱えていたり、正義や道徳に反するものだってある。僕の目からは、人々は惰性に従ってそういったものに自ら縛られているようにしか見えない。そんな常識はまったく正解とは云えないし、不健全だ。それなら、本当に正しいか分からなくても、明確な“信念”や“道”を呈示してくれている、宗教の方がよっぽど信じるに足ると思う。世間は宗教を嫌う傾向にあるが、僕から云わせれば人々をまやかすという意味ではどちらも似たようなものだ。むしろはっきりとした教義がある分、宗教の方がまだ健全だ」
 凜はさらに話を続ける。
「だが、もっと白黒はっきりつけられる世界がある。それが科学だ。科学というのは、本当に論理だけでカタをつけることができる。そこには、ややこしい人の感情だったり、惰性だったり、そういったものはすべて不純物にしかならない。不純物を取り除いて、最後に残ったダイヤ、それが科学では“正解”になる。科学の世界が、一番潔くていい」
 姫子にとって、凜の話はあまり理解できないし、興味もなかった。だが、彼女はあらそうこんな男はもう結構、と立ち上がろうとはあえてしなかった。それは、凜が何かを抱えているように思えたからだ。心を映さない漆黒の瞳、ここに彼は本当は何を映したいのか、姫子は知りたかった。
「私は、あなたがそんな冷たい人間だとは思わないわ。私にはあなたが唯をとっても心配しているように思える」
 姫子は上目づかいで凜の方を見ながらそう云った。凜は相変わらず窓の方を見たままだ。
「…それは君の勘違いだ。僕があの子を気にする理由は、SDR配列をもつ実験材料だということだけだ。情なんかじゃない。ただ唯物論的な見解からしているまでだ」
「最初はそうだったとしても、やっぱりそこから生まれてきたのは、唯を守りたい、気遣ってあげたいという情なんじゃない?きっと、唯の人となりをみて、そういう情が芽生えたんだと思う。人って、そんなささいなところからも、歩み寄れるんじゃないかしら。唯だって、きっと凜さんを仲間として大切に思っているはずよ」
「まさか、それはない。僕らは互いに憎み合っている。それも、一時的な大脳の認識によってじゃない、生まれ持った遺伝子のレベルでだ」
「えっ?」
「もともと唯の祖先も僕の祖先もシャーマンで、精神世界に入って知り得たものを神のお告げと称して伝えたり、精神世界の情報を書きかえることで、世界の破滅を防ぐような仕事をしていたそうだ。だが、互いの祖先が出会ったとき、どういうわけか必ずと云っていいほど争いが起こった。時には、血で血を洗うような激しい抗争になったこともあるそうだ。その歴史を我々の遺伝子はインプットしているんだろう。現に僕は唯を初めて見たとき、しめ殺したい衝動に駆られた。唯は僕を見て、胸に強い衝撃を受けたらしい。おそらく、細胞中の遺伝子が、天敵に遭ったという指令を出したんだろうな」
「そうなの。…てことは、あなたもSDR配列を持っているの?」
「ああ。唯とは少し配列パターンが違うけど。それに、唯ほど保存率は高くないし、SDR因子の認識配列の数も少ないらしいがね」
 姫子はこの数日で、遺伝学の分野にかなり強くなった。その要因に和や唯の話があるのはもちろんだが、それに加えて凜に対する興味もあったのかも知れない。
「…そうなのね。でも、あなたたちならきっと歩み寄れる、そんな気がするわ」
 凜はふと姫子の方を見た。姫子の瞳が少し潤んで見えた。
「人が人を好きになったり大切に思ったりするのは、あらかじめ遺伝子に書き込まれているからではないのよ、きっと」
 姫子はそう云って、床のグラスを見た。どちらのグラスも、ワインが一口も飲まれずになみなみと注いである。姫子は自分のワイングラスを手にとって一口つけた。
「ワイングラス、片づけましょうか?」
 姫子がそう云って、凜のグラスも手に取ろうとした。すると、
「いや、そのままでいい」
 凜は視線を窓の方に向けたまま、そう云った。
「店で君の淹れてくれたコーヒーは、他の人が淹れるよりもなぜだかおいしく感じた。ひょっとすると、このワインも美味いかも知れない」
「…そう。ありがとう」
 姫子は自分のワイングラスとボトルを手にとり、立ち上がった。
 後ろを振り返ると、閉められていたはずのドアがまた少し開いていて、中から数人の顔がこちらを見ている。姫子が振り返ったら、それらは驚いた表情になって、ドアの隙間からスッと離れた。
 姫子はドアまで歩いて行き、廊下に出て、ドアをバタンと閉めた。
「のぞいてたの!?」
「あ、いや…」
 みんなの方を見ると、誰もが興味津々な目つきでこちらを見ていた。そこまで他人の恋愛に興味があるのか、と姫子は驚いた。ただ、和だけが少し離れたところで冷めた目つきをしている。人のプライベートに口を出す趣味はないわ、とでも云いたげに。
 こらえきれなくなったのか、ムギがうずうずした様子で訊いた。
「で、どうだったの!?」
「てんでダメね。あきらめるわ」