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【けいおん!小説】 水の螺旋 (第四章・真理) ・上

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 何度か見ているうち、唯の子供のように無垢な瞳が急にその光を失って、顔に暗い影を落とす瞬間があるのだ。和は最初それを見て、ギョッとした。今までの唯からは到底想像つかない、異様な雰囲気を感じたからだ。気のせいかとも思って、それからも何度も唯のほうを見ていたが、数回に一回、これまでの唯からは想像もできないような暗い顔をしている時がある。その顔をしている一瞬、唯には近寄りたくないという異様さと、得体の知れない威圧感を含んでいるのだ。
 和はすぐにでも唯のそばから離れたいという心地がした。しかし、それはできなかった。なぜなら、それは今の自分の様態を分かっていないであろう親友を深く傷つけることになると、彼女自身よく分かっていたからだ。
「さっきからどうしたの?和ちゃん」
 何も知らない唯が訊いてきた。
 和はギクリとした。鼓動が速く、息も荒くなっている。冷や汗が出たのが分かった。
「えっ、別に何でもないわよ…!?」
「そう?和ちゃん、何か様子が変だよ?」
 唯はこういう勘だけは鋭い。和はどう誤魔化そうかと焦った。
「本当よ。何でもないったら」
「そっか。ごめんね」
 苦しまぎれに出ただけの言葉だったが、唯はあっさりと引き下がった。唯は勘は鋭いが、相手を疑る心を知らない。人の云う事を、あっさりと信用してしまうところがある。和は謀らずも、それを利用したのだった。
 それから和は、唯の家に着くまで唯の方をあまり見ないように努めた。和にとって、唯の家までの道のりは、長く、苦しく、悲しいものであった。おそらく唯には、あのマウスと同じことが起こりつつある。唯と幼いころから気持ちを分かち合ってきた自分でさえ、彼女を拒絶したいと思ってしまうのだ。そんな自分が腹立たしかった。さらに、もし唯がさらにその異様なオーラを増した場合、自分は今度こそ唯を本当に拒絶してしまうかも知れないという危機感もあった。そうなれば、自分だけでなく、他の仲間たちも唯を拒絶せざるを得なくなるだろう。或いはその逆か。唯がその威圧感でもって、みんなを服従させてしまうのかも知れない。いずれにせよ受け入れがたい結末だ。そうならないように祈りたいが、現状から考えると、そのどちらかが起こってしまう可能性は十分にある。
 そんな考えが、頭の中をぐるぐる回って止まらなかった。長い長い、動かないような時間を過ぎ、ようやく唯の家に着いた。
 案の定、家の中には澪をはじめ、仲間たちがそろっていた。和は安心するとともに、これから仲間たちに降りかかるかも知れない危険を思って、暗い気持ちになった。できることなら、彼女たちの危険を回避してやりたいが、自分にはどうしていいのかも分からない。
憂が食事の用意をしてくれていた。仲間たちは、食卓を囲んで食事を始めた。
 食事の最中、面々はこれまでに何か異変があったかについて話した。幸いなことに、今のところは危ない目にあった人は誰もいないようだ。
 そのような話が一区切りついた後、憂がこのように切り出した。
「お姉ちゃん、ちょっと疑問に思ったことがあるんだけど」
「ん、何?」
「授業で少し出てきたんだけど、私たちの染色体DNAは、太古の生命から受け継がれてきたものなんだよね」
「うん。そうだね」
「ってことは、SDR領域を持っている生物は、ヒト以外にもいるってことになるんじゃないかなって思うんだけど。あと、仮にそういう生物がいた場合、精神世界にアプローチできたり、他の生物とは違う特徴を持っていたりするのかな?」
 和は憂の言葉を聞いてドキリとした。憂の後半の疑問に回答するような実験を、石山教授の研究室で凜がすでにやっているのだ。
 そんな和の緊迫した感情など知らず、唯は悠長に腕を組んで「うーん」と考えだした。
「どうなんだろ、分かんないや。ねぇ、和ちゃん。どう思う?」
 唯はこともあろうに、その疑問を和に振ってきた。みんなの視線が一気に和に集まる。当然といえば当然である。このメンバーでそれ系の知識を一番持っている人物は和なのだ。
「えっ、う、うーん。どうかしらね…」
 和はそう云うのが精一杯だった。凜の研究について下手に話すと、メンバーの不安をいたずらに煽ることにもなりかねない。
和は食事の最中も、ときどき唯の様子を観察していた。やはり、ときおり顔に暗い影が滲み出ている。おそらく、SDR因子を摂取することにより、精神に何か不具合が起こっているのだろう。
「あ、そうだ」
 律が思い出したかのように云った。
「すっかり忘れてたけど、16日のライブ、どうする?」
 放課後ティータイムの面々は「あっ」となった。そういえば、今月の16日はライブの予定を入れていた。ライブまで一週間を切っているが、練習は殆どやっていない。
「そういえば、そうだったな。練習もしてないし、ましてや今の状況じゃ出演はムリだろ」
 澪が云う。
「でも、今から出演断ったら、キャンセル料取られるんじゃ…」
「ああ、多分、全額負担になると思う…。いちおう、ライブハウスに確認とってみるけどさ」
「まぁ、でも仕方ないわね」
 ムギの言葉を最後に、ライブの件については落ち着いた。和はライブについて話をしていた時の唯の様子に何か違和感を覚えた。何がおかしかったのかはよく分からない。ただ、その違和感は、これまでの彼女に対して抱いていた危機感とはうって変わって、安心感に近かったような気がする。
「そういえば、お薬飲まなくちゃ」
 唯はそう云って、鞄から粉末薬を取りだした。石山教授からもらったSDR因子だ。
「あ、ちょっ…!」
 和は唯を制止しようとした。
「ん、なーに?和ちゃん」
 唯が訊き返した。しかし、和はそこから言葉を続けられなかった。「薬を飲むな」と云える立場ではない。唯が薬の飲まなければ、自分だけでなくメンバー全員が危険にさらされる可能性がある。そのことを分かっていながら、本当の思いはどうしても告げられなかった。
「…い、いえ、何でもないわ」
「そうなの?和ちゃん、今日ちょっと変だよ」
 そう云って、唯は薬を飲んだ。

どくん。

 その瞬間、唯の身体の中が大きく脈打った。唯は胸を押さえて、前かがみに倒れ込んだ。自分に何が起こったのか分からない。ただ苦しいという感覚だけははっきりと分かる。
唯はそのままの体勢で、おそるおそる顔だけあげて前を見た。見えたのは、真紅の光景だった。その中に、何ともいえない醜い色をした複数の流動体が、ゆらゆらと揺れている。ひとつの流動体が、何かこちらに語りかけてきた。
「ゆぅおぃえぁぃぃぃ…づゎいぅいぅいえぇぇあぁおぉいぢゅおぅいくゎぁぁぁ…」
 何を云っているのかも分からず、この世のものとも思えない声。唯は身体中の毛穴が逆立つような心地がした。また別の流動体が、こちらにズズズッとすり寄るように近づいてきた。そして、またこの世のものとも思えない声を発して、自分の身体に触れようとする。
「い、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
 唯はたまらず叫び声をあげた。その絶叫は真紅の世界を押しやって、見慣れた風景がそれにとって代わった。