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【Secretシリーズ 7 】 Sunshine ↓

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3章 ハリーの故郷



夜を徹して箒を駆ったとしても、隠れ家からカンブリアにあるニア・ソーリー村へは、かなりの長距離飛行になる。
ハリーはできるだけ急ごうとしたが、ポートキーでも、フルーパウダーでの移動でもなく、自力の箒だけでは、速さに限度はあった。強い強風に煽られて、いくら防風加工をしているマントを着こんでいても、寒さにからだは冷たく凍えている。

休息もほとんど取らずに、ベルファストからやっと隠れ家に戻って、そのままとんぼ返りのように、ウィンダミア湖へ向かう。
(きのうからほとんど箒に跨ったままだな……)
ハリーは小さく苦笑した。

(―――そういえば湖の場所は分かるけど、その村のどの家が潜伏場所なのか、僕はまだ確かめていなかったな……)
いくら急いでいたからと、それではあまりにも大雑把すぎて、話にならない。
(ハーマイオニーも情報が入っただけで、詳しいこともまだ知らなかったみたいだし……。それに僕も少しは休憩が必要みたいだ)
疲れていないと言えば丸っきり嘘になってしまう。
連日の野外の仕事の疲労も蓄積されているし、箒の先を握りっぱなしの腕もしびれているし、同じ姿勢のままの足も腰も痛かった。
しかもほとんど半日以上何も食べていないから、空腹で眩暈までしそうだ。
(まさか腹が減りすぎて、敵にやられましたじゃ、格好がつかないよ。どこかで少しだけ休憩して、情報収集しなければならないな)

朝焼けの湿った空気の中、箒を下のほうへと向けて下降させていくその先には、一見のどこにでもある小さなB&Bの宿があった。
目立たないように音を消して木蔭にひっそりと着地すると、箒に呪文をかけ小さくしポケットに押し込めて、その宿のドアを開ける。
予想通りフロント兼用の入り口はカフェになっていて、今から旅立とうとする家族づれや、朝食を取る地元の人などで、あまりの広くない店内の半分は人で埋まっていた。

ハリーは人のよさそうな笑顔を浮かべて、ウエイトレスにベーコンとパンとコーヒーを通りすがりに注文すると、店の隅の目立たない場所を選んで座わりこむ。
ゆっくりと注意深く店内を見回して満足そうにうなずいた。
ほどほどの人数が座って食事をしていて、食器の音や話し声など適当な雑音に満ちている。
ふらりと入ってきたよそ者のハリーを、誰も気にもとめていない。

―――とてもいい感じだ。

やがて注文の皿が運ばれてくると、ハリーはコーヒーにミルクと砂糖を入れてかき混ぜて、それを少し飲む。
冷えたからだにその暖かさが心地よかった。
うつむいてカップを手に持ったまま、声を出さずに独り言のように小さな声で『呪文』を低く唱える。
しかし何もハリーの周りには変化はなかった。

もう一口飲んで、カップを受け皿の上に戻すと、視線を前に上げる。
するとハリーの目の前にある白い壁がゆらゆらと揺れ始めた。
まるでその部分が水の波紋のように広がっていき、やがてその空気の揺れが止まると、彼の前の椅子に一人の人物が座っていた。

ハリーはニッコリと笑いかける。
「―――やあ、今朝の気分はいかかです、キング?」
自宅のダイニングで新聞を読んでいた彼はその声に顔を上げて、ハリーの姿を見つけると軽く笑って、肩をすくめた。
「……まあ、悪くないね。ただ、今はまだわたしの仕事時間ではないがね」

ハリーの前にいるキングと呼ばれた男は、『キングズリー・シャックルボルト』といい、ハリーの直属の上司にあたる相手だ。
長身で大きくて骨太であるのにスッキリと見えてしまうのは、姿勢のよさと無駄な肉がついていないせいだろう。
40歳を超えても若々しく、ヘーゼルの瞳に、スキンヘッド。
トレードマークの片耳だけの金の大きな輪になっているイヤリング。
チョコレートを溶かしたような褐色の肌に、白いワイシャツを羽織り、ブルーストライプのネクタイに、金のカフスの輝きはよく似合っていた。

「本当は今日から休暇だったんですが、また仕事が入ったので、あなたに詳しいことを聞こうと思いまして、こんな朝早くから、お呼びたてしてしまい本当にすみません。」
ハリーは口では一応謝る素振りをするが、その反面ちっとも悪びれた様子もなく、悪戯っぽく上機嫌でキングズリーの顔を見る。
風に煽られてくしゃくしゃの黒い髪の毛に、少し楽しげに上に上がった口元。
メガネの奥から何かを企むように相手を見上げる癖は、ひどく父親のジェームズを思い出させて、キングズリーは苦笑してしまう。

(やあ、キング!今朝の調子はどう?)
あのホグワーツの頃出合った甲高く小生意気な声が、今でも耳元に聞こえてきそうだ。
あれから、かなりの時間が経ったというのに、ハリーの両親たちの思い出は色あせることはなかった。

「―――仕事が入ったって?」
「ええ、きっとあなたのデスクにその情報が届いていると思うのですが」
キングズリーはうなずくと、軽く指を鳴らしてそれを書斎から呼び寄せる。
ふわりと舞って到着した白い用紙を手に持つと、黒い縁のかっちりとした眼鏡を掛け、椅子にゆったりと座りなおしてその報告書を読んでいく。

一通り読み終わると、視線を相手に戻した。
「ニア・ソーリー村へ向っているんだな、ハリー?」
「村までは行くことが出来るのですが、そのあとの潜伏場所が不明です」
「モスエルクルターンのほうへ向かう道をそのままに、小高い丘を昇って降りると森があり、その先に潜伏先はあるらしい。家の名前はタイガーリリーと呼ばれているそうだ」
「タイガーリリー?」
「知らないのかい、ユリの品種だよ。花弁の中心が赤色を帯びたユリで、その家のまわりに群生しているらしいね」
「へぇー……、なんだかロマンチックですね」
「そりゃそうだろう、なにしろあの有名なニア・ソーリー村にあるから、なおさらだ」

ハリーはパンを千切って口に放りこみながら、首を傾げる。
「ただの田舎の村でしょ?なんでそこが有名なんですか?」
クッ!とキングズリーはおかしそうに笑う。
「君は絵本を読んだことがないのかい、ハリー!」
(僕の悲惨なダーズリー家での子ども時代を知っているくせに!)
と思い、むっとしたふくれヅラでハリーは、すねたように軽く相手をにらんだ。

「ええ残念ながら、子どもの頃は誰も読んでくれませんでしたからね。何なら今からでも遅くないと、僕に絵本でも読んでくださるんですか、キングが?――僕に新しい情操教育でも?」
「……ああ、そういうプライベートなことは、君のパートナーに任せるよ」
「ドラコが?まさか!僕に本の一冊でも読んではくれませんよ、まったく!僕の恋人は本当に見てくれのとおり、ものすごく僕に冷たくて、きのうなんか帰ってきて1時間も起たないうちに部屋を追い出されて、それから僕は――」
「ああ、分かったからハリー。君の愚痴は今度の昼食をいっしょに取るときにたっぷりと聞いてやるから、今はなしだ。話を元に戻そう」
ゴホンとキングズリーは咳払いをした。

「有名なピーターラビットの村だよ。」
「ピーターラビット?……ああ観光地のお皿なんかによく付いている、ウサギのイラストですか」
そのいかにも即物的なものの言い方に、またキングズリーは苦笑する。