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【Secretシリーズ 7 】 Sunshine ↓

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4章 どうして僕は──



雲がたなびく青々とした空の下、地上高く箒から村を見下ろすと、そこは春の息吹に満ち溢れ、輝くような美しさだった。

柔らかい日差しの中、新緑のモミのこずえの葉は大きく茂り、くぼ地には木立の下にさんざしの花が風に夢のように揺れている。
春というものを風景に表したらこの目の前に広がっているものすべてが、5月のそれだった。

灰色の大理石の柱のような幹の丈高い木の葉が茂る下に、ゆっくりとハリーは箒から降り立つ。
まわりに人影はない。
左右を見渡して、左端にある小さな小川に沿って続いている、
舗装されていない小道を丘に向かって歩いった。

(地図で調べたらここら辺のはずなんだけど……)
向こうにうっそうとした樹木が見えて、多分あそこに目指す谷がありそうだ。
ここから少しその場所は遠くて、箒でそこまで移動しようかと考えたが、やはりやめた。
人目に付きたくはなかったし、なによりこの風景をもっとじっくりと見ていたかったからだ。

彼の目の前にはのどかな牧草地がどこまでも広がっている。
暖かい日差しを受けて羊が草を食み、シープドックは前足を投げ出すようにして行儀よく、うつ伏せのままそれを見守っていた。
小道の横にはまるで縁石のように象牙色の白水仙が花を開き、炎のようなチューリップが揺れてずっと向こうまで続き、春の香りのすばらしさがそこここに満ち溢れている。

ハリーは気持ちよさそうに大きく息を吸い込んだ。
キョロキョロと好奇心いっぱいに辺りを見回して、嬉しそうに目を細める。
キングズリーが言った「君はきっと気に入るはずだ」という言葉どおり、その場所は今まで行ったどの場所よりも居心地のよさを感じていた。
柔らかな地面も、渡ってくる風も、のんびりとした羊の鳴き声もやさしくて、そして何よりもこの場所の、たいそうな美しさが嬉しくてたまらない。


ハリーはホグワーツの頃、友人や同じ寮のものたちが家族の話題を楽しそうに話すのを、いつもやりきれない気持ちで聞いていた。
彼にはそんな思い出など何一つないことがとても悲しかったが、孤児の自分には仕方がないことだと諦めて、人のいい笑みを浮かべて、無理にうなずいてばかりいた。
家族の話題でドッと盛り上がる輪の中で、いつも自分はついていけないものを感じた。
「家に帰りたい」と泣いている、級友の気持ちが理解できなかった。

――ハリーにはホームシックにかかり、帰りたいと思うような故郷すらなかったからだ。


彼には子ども時代などなかったも同然だった。
甘えたりわがままを言ったりする相手も、自分を抱きしめて「大好きだよ」と頬ずりしてくれる人もいない。
ただ朝がきて起きて、誰からも褒められず、叱られてばかりで、夜がきて眠るだけの機械的な毎日。

そんなハリーは小さな頃から「春」が何よりも大嫌いだった。
新緑に木々の葉が輝き、叔母の家の庭先にあるアーチ状のつる薔薇がみごとなピンクの花をつけ、どの家の庭先にもパンジーが咲きほこり、風はどことなく甘い季節。
美しく輝くような世界は、小さなハリーの胸を痛め、やりきれない気持ちがあふれて、その苦痛に耐えられないほどだ。

「大嫌いだ。こんな世界なんか、みんな大嫌いだ。朝なんか来なきゃいいのに。どうせいつも通りの苦しくてつまらない日々なんだから。みんな春が来たと喜んでいるけど、どんなに花が咲いても、僕はちっとも幸せじゃない。こんな世界なんか、大嫌い……」
満たされぬ思いが、口をついて出る。

確かにハリーは少しも幸福ではなかった。
孤独に苛まれて、食事も気休め程度しか与えてもらえない生活では、容易に幸福になれるはずもない、子ども時代。



谷へと向かっているとどこからか飛んできた黄色い蝶が、脇のチューリップにとまるのを見て微笑む。
今年の春の美しさは格別だと思った。
心が弾み、この世界の美しさに感謝したいくらいだ。
その思いがどこから湧いてきているのかをハリーは知っている。
今では春はいとおしくて美しいものになった。

(ここにドラコを連れてきたいな……)
ふとハリーはそう思った。

彼にこの村を見せて、自慢したかった。
ゴドリックの谷のようなすばらしい場所で育ったことをドラコに見せたくてしょうがない。
誰よりもドラコに見てもらいたいと思った。

そよ風に吹かれながら、丘から谷へと下っていく。
立ち並んだえぞ松が枝を差し交わす中を、奥へと進んでいった。
木々のあいだから木漏れ日が下草に輝くような光を、所々にスポットライトのように落とす。
本当にどこからか、うさぎでも顔を出しそうなほど、美しい光景だった。
根元を縫うように流れている小川は金色にせせらぎ、細くくねった小道にはやさしげなシャクナゲが所々に咲いている。

やがて大きなブナの大木を曲がったところに、その家はあった。
森の奥深く、大きな木々に隠れるようにひっそりと建っている小さな家はまるで、おとぎ話に出てきそうな雰囲気だ。
レンガで作られた家の周りを赤いユリの花が、家を守るように取り囲んでいる。

ハリーは大きく息を吸い込むとその家に近づき、ドアをノックした。
何度かたたくが、中から応答がない。
こんな昼どきに誰もいないのはあまりにもおかしかった。

眉を曇らせると、そのままそっとドアを引いてみる。
それは鍵をかけられることなく、あっさり開いた。
こういう隠れた場所に潜伏しているのに、いくら昼間だとしても、鍵を掛け忘れることなどあるだろうか?
とても嫌な予感が頭を掠める。

木で作られた椅子が二つ並んでかわいく置いてある玄関ポーチからからだを滑り込ますと、家の中を見回した。
そこには誰もおらず、人がいる物音一つしない。
玄関ホールはこぢんまりとはしているが目の前は壁で仕切られ、右脇に奥まで続く廊下があり、何部屋かに分かれていて、この場所からは中の様子がよく分からなかった。

ドアを開いた拍子に一陣の風が家のどこからか吹いてきて、ハリーの髪の毛を舞い上げそのイナズマのしるしが露になる。
そろりと慎重に物音を立てることなく、家の中へと入っていった。
胸の内ポケットから使い慣れた杖を取り出し、右手に握りなおすと、壁に身を寄せたまま進んでいく。
自分の中の五感が研ぎ澄まされて、あたりの気配を見落とさないようにと、神経が張り詰めた。
ゴクリと唾を飲み込む。
このじりじりとする憔悴感はいつでも慣れることはなく、何度同じ場面に遭遇しても動悸が早くなり、嫌な汗が背中を伝っていった。

最初のドアは客間らしい。
そっと開けて覗いても誰もおらず、整えられたベッドや簡単なクローゼットがあるのみだ。
バスルーム、物置になっている部屋など、廊下にそって順番に調べて、あまり広くはない突き当たりの部屋のドアに耳を当てる。
中に誰かがいる気配がした。
そっとドアを押し開き、室内に入り込むと、わざと後ろ手に音高くドアを閉めた。

黒くて長い髪の女が立っている。
自分がとても知っている人物がそこにいた。
相手を鋭くにらみつける。
物事は何でも先手必勝だ。
相手が自分に背を向けていて、侵入者のハリーに気づかず、油断しているならばなおさらだ。

「―――やあ、ベラ!ひさしぶりだね、この部屋で何しているの?」