Goodnight
2章 過去と現在
ホグワーツに在籍していたあの頃、学年が進むにつれて、いつの間にかハリーは、ひどくまわりとの温度差に戸惑いを感じるようになっていた。
日々の行動を共にして、いっしょに暮らしている相部屋の友人たちですら、距離を感じてしまうことが多分に増えていく。
―――それは異常な違和感を持った不穏な感情だった。
闇の支配があんなにも強く濃くなっているというのに、ただ彼がまだ年若いというだけで、誰も自分の声に耳を傾けてはくれなかった。
「なに、焦っているんだ。落ち着けよ、ハリー」
などとのんきに肩をたたき、苦笑まじりに受け流す『仲間』たち。
彼らに取り囲まれながら、自分の必死さを逆に笑われてからかわれ、どう説明しても理解してくれない相手に歯軋りしたい気持ちだった。
『誰も分かっちゃいない。―――どうしてなんだ!』
声を大きくして叫びたい。
ほとんど闇の陣営と戦ったりしたことがない、あまりにも平和に慣れた群れた羊のような仲間の中で、いつも自分だけが取り残された。
かたい表情のまま、どうしようもない孤独感に苛まれる。
笑顔の中で笑えない自分がいた。
自分の内側はずっと嵐のような感情が吹き荒れていて、ひと時も心が落ち着かず、いつも何かに追い立てられている日々だった。
過酷で容赦ない予言と、大切な肉親のように慕っていたシリウスの死が重くのしかかり、耐え難い悲しみと苦しみを生んだ。
毎日が不安で眠れなかった。
―――それなのに、誰も自分の言葉には耳を貸してくれない。
誰も理解してくれない。
まるで見えない壁が、自分と世界を隔ててしまったように感じた。
焦燥感につられてたまらず、安穏とした仲間たちから視線をはずすと、その先には決まって彼がいた。
仲間内でのギャップに苛立ち、怒りを含んだままイライラと窄められたハリーの強い視線。
それを悠然と受けてドラコは、口の端を上にあげて意味深にニヤリと笑う。
ガラスから差し込む光を受けて、彼の髪は淡く金色に輝いていた。
瞳の色は薄く、青白い整った面長の顔だち。
胸元にはスリザリンのエンブレム。
シワひとつないシャツには緑とシルバーのネクタイ。
入学してからずっと嫌味の応酬か、悪口ばかりを言い合っていた。
相手の容赦ない毒舌に辟易して、早く自分の前から消えて欲しい思ったほど、つねに憎むべき存在でしかなかったはずの相手だった。
学年が上がった彼はもう、意味もなく嫌味を言ってくることはなくなり、寮もちがっていたからほとんどふたりには接点などない。
全く自分と似通った部分や共通点などひとつもないのに、なぜだかここにいる仲間よりずっと、ドラコのほうが自分に近いような気持ちがした。
ドラコは窓際でゆったりと座り頬杖をつき、ハリーたちグループのやりとりを面白そうに眺めていた。
ドラコの視線がじっと自分を見つめている。
『―――気休めににもならないバカ話では、もう君は笑えないだろ?』
まるでそう言っているようだった。
笑えない自分。
かたい表情。
……すべてが仲間から遠かった。
『ああそうだ。こんなことでは、もう僕は笑うことなどできない』
そう答えるように、ハリーもじっと相手を見つめ返した。
ドラコのまっすぐな視線。
凛とした背筋。
落ち着き、冴え冴えと澄んだ蒼い瞳。
自分が今どんな立場に立っているかを的確に理解し、彼はそのやがて訪れるであろう過酷な運命を受け入れる覚悟を、心の中でしっかりと決めているようだった。
『ぼんやりとした不安』から視線をそらし、『ないもの』として片付け、無理に笑おうとしている仲間の中でハリーは、そのドラコからの視線を受けて、やっと自分の仲間を嫌わずにすんでいる。
もしかして、そういう彼の存在があの頃の、ハリーの心の支えのひとつになっていたのかもしれない。
敵対する間柄ではなく、もっと別の方法があるかもしれないと思う間のなく、ドラコとは接点がないまま、相手は学校を去った。
あのホグワーツを去る前、彼は耐え難い悲しみと孤独感に苛まれ、体はやせ細り追い詰められ、それでも目的を達成させようと必死であがいていた。
最後に見た彼のローブを翻し走り去る後姿は、これからの苦難をその身で受け止め、自身の運命に決然と立ち向かっていく力強さを感じた。
―――まるで一陣の強い風のような後ろ姿だった。