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【けいおん!続編】 水の螺旋 (第四章 / 真理) ・下

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(君の本当の心さ)
 “心”。この言葉は一瞬唯の胸に突き刺さった。唯は心に刺さった棘を払いのけるように、大きな身振りで声を荒げた。
「心!?そんなものいらない。無駄に心があるから、私はこんなに苦しいの。心を失っちゃえば、すべて忘れちゃえば、もう何も苦しむことなんてない!」
 子犬は目をつぶり、ゆっくりとかぶりを振った。唯の中の戸惑い、ぶつかり合う心の葛藤を見透かすように。
(君は決して忘れることなんてできない。見せてあげるよ)
 子犬はそう云うと、姿を消した。そして、漆黒の闇が唯を包み込んだ。


 6


「誰!?そこにいるのは」
 大きな声がした。唯ははっと我に返った。
 暗闇の中、目の先には懐中電灯を持って立っている人間が見えた。懐中電灯の強い光で、その回りはぼやっと明るくなっているが、相手の顔までははっきりと見えない。
その人は、つかつかと横に歩き、壁際に手をやった。「パチッ」と音がして、蛍光灯の明かりが点いた。唯は一瞬眩しさに目を細めたが、相手の顔を確認して目を大きく見開いた。
「さわちゃん…」
 そこにいたのは、唯たちが高校時代の軽音楽部の顧問であり、三年時の担任でもあった、山中さわ子先生だった。そして、今自分がいるのは、何とあの頃部室に使っていた、高校の音楽準備室であった。唯は部室の真ん中に置かれた机に座っていたのだ。
「あなた、唯ちゃんじゃない!何をしているの、こんなところで!?」
 驚いた顔で、さわ子は云った。何をしていたか、唯自身にも分からない。なぜ自分がここにいるのか、どうやって入ったのかも記憶にない。
「わ、私何でここに…。何をしてたの…。わ、分からない…」
「不法侵入よ。本当なら、警察に電話するところよ。さぁ、さっさと帰りなさい」
 さわ子は厳しい口調で云った。だが、唯は頭を抱えて震えたまま動こうとしない。さわ子も唯の様子が少しおかしいと思った。
「一体どうしたの、唯ちゃん?」
 さわ子は少し優しい口調になった。だが、唯は何も答えようとせず、ガクガク震えたまま脅えたような目つきでさわ子を見た。
 さわ子は唯の前の座席に座った。
「唯ちゃん。何があったか、よかったら話してごらんなさい」
 さわ子がもう一度云ったが、唯は言葉がつかえて声が出なかった。震えが止まらない。涙があふれてくる。何だか無性に怖い。何が怖いのか自分でも分からない。自分が知らずに不法侵入していたことに対してか、さわ子に咎められているということに対してか、または今、自分の心が崩れかかっているということに対してか…。
 さわ子は唯が何も話せない状態にあると感じた。彼女は席から立ち上がり、云った。
「いいわ。少し落ち着きなさい。私ちょっとお茶淹れるから」
 さわ子はお茶を入れに行った。カップボードからカップと紅茶のティーバックを2つずつ取り出し、カップにティーバッグを入れて、ポットからお湯を注ぐ。さらに別の場所から簡単なお菓子を取り出した。唯たちが高校生だった頃は、ムギが自前でカップや紅茶の葉、お菓子などを持ってきてくれていた。あの頃に比べると、いたって簡素なものだ。
 さわ子は紅茶とお菓子、さらに砂糖やミルクの入った入れ物をボードに乗せ、机に運んできた。そして、「さあ、飲みなさい」といって、カップを唯の前に置いた。
 唯は何も云わず、震えた手でカップを持ち、カップを口まで運んだ。紅茶をすすろうとした瞬間、震えた手でカップの中の紅茶が跳ね、唇に当たった。
「熱っ!」
 唯は思わず叫んだ。そして少し気を落ち着けて、ゆっくりと紅茶をすすった。飲んだ後で唯は気づいた。紅茶には、砂糖もミルクも入れていなかった。唯はカップを机に置き、砂糖とミルクを入れた。そして、もう一度紅茶を口に運んだ。あまり味は感じられなかった。
「こんな時間に食べたら、太っちゃうんだけどなぁ」
 さわ子はそう云いながら、クッキーの袋を開けた。一枚手にとって、自分の口に運ぶ。そして、「唯ちゃんも食べなさい」と云って、袋の開いた方を、唯の側へ向けた。
 唯は勧められるままに、クッキーを手にとって、口に入れた。紅茶の時とは違って、今度は味がした。クッキーの甘さが、舌にまとわりつくように感じられた。唯は再び紅茶をすすってみた。今度は、紅茶にも味がした。クッキーの甘さのせいで、甘みは感じられなかったが、紅茶特有の味・風味がした。ムギちゃんの持ってきてくれていた紅茶に比べると、味も風味も随分劣る。だが、唯の心はいささか落ち着いた。
おそらく、紅茶が唇に当たった時の熱さで、彼女は人間としての心地を少し取り戻せ、さらに紅茶やクッキーの味を感じられたことで、人間らしい感性も戻ってきたのだろう。
「ねぇ、何があったか、話してみない?」
 さわ子は優しく語りかけてきた。唯は軽く頷いて、話し始めた。
「もう、自分がどうしたらいいのか分からない。誰も信じられないし、自分自身さえ…。もう、何もかもめちゃくちゃになってしまえばいいのに、とも思う…」
 唯の答えはいまひとつ要領を得ない。第一、「何があったか」と訊かれているのに、それに対する回答ではない。だが、さわ子はあえてそれを追求しようとはしなかった。さわ子は、唯の言葉の裏にあるものを見透かすように、唯に語りかけてきた。
「唯ちゃん、人とうまくやっていけないの?」
 唯は頷く。
「人と気持ちが通い合わないの?」
 唯はまた頷く。
「澪ちゃんたち、軽音部の仲間たちとは仲良くやってる?」
「…多分。でも、みんなが本当はどう思ってるのか分からない。それに、このままじゃ、私がみんなを傷つけてしまいそうで…」
 唯は思いつめたような声で云った。さわ子は優しく微笑んだ。
「そうね。正直云って、唯ちゃんちょっと変わってるものね。人から理解されないことは多いかも。でもね、自信をもって云えることは、唯ちゃんはとても純粋で真っすぐで、誰よりも心が綺麗な子。だからこそ、そうやって苦しむことも多いんだと思う。でも、あなたのそんな性格を、軽音部のみんなはきっと認めてくれているはずよ」
 唯は俯いて目をつぶっていた。どうやら、さわ子の言葉は、まだ唯の心の奥にまで浸透していないようだ。
「そうだ。唯ちゃん、これ覚えてる?」
 さわ子は立ち上がった。唯は目をつぶったまま、さわ子の方を見なかった。
 やがて、ガチャッという音がしたと思うと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

(ん?)
(この時間も、録音しておかない?)
(つまり、放課後ティータイムっていうのはな、今を生きる高校生のロックスピリッツを…)

 唯は思った。そうだ、あの頃の私たちの声だ。
 唯は目を開けた。さわ子がラジカセを持っていた。中にはカセットテープが入っている。
…あれは高校生のころ。卒業式の前日だった。軽音部最後の記念にと、自分たちの声や曲を、前時代的な録音媒体ともいえるカセットテープに吹き込んで、一枚のアルバムを作ったのだ。