二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

【けいおん!続編】 水の螺旋 (第四章 / 真理) ・下

INDEX|4ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

 さわ子はラジカセをテーブルの上に置いた。スピーカーからは、相も変わらずあのころの自分たちの話し声や笑い声が聴こえている。やがて会話が途切れたと思ったら、次に梓の「やめて下さい!」という声が聴こえ、再びブツッと音が途切れた。そうだあの時、テープを止めて巻き戻して再生したところ、初めて聴く自分の生の声を恥ずかしいと思った梓が、唯がつづいて録音ボタンを押した直後に、こう叫んでテープを止めたのだ。
 そのようなやり取りがあった後、「ワン、ツー!」という律の元気いっぱいのカウントから、曲が始まった。自分たちのオリジナル曲だ。唯はラジカセに喰いつくような姿勢で、貪るように聴いた。
 曲が終わると短い会話があり、さらに次の曲が始まる。そのような繰り返しの後、やがてA面が終わり、「ガチャリ」と音をたててカセットが止まった。唯はすぐさまカセットを裏返して、B面を再生した。
 54分のテープを、唯は同じ体勢で一気に聴き通した。
 テープが止まって、唯ははっと我に返った。心地の良い疲労感がした。こんなに気持ちがいい疲労感を味わったのは久々のことだった。
「ずいぶん一生懸命聴いてみたみたいね」
 さわ子が云う。唯は、さわ子のほうを振り返った。その顔には、人間らしい生気が甦っていた。
「これは、あなたたちが作ったアルバムよ。不思議なものよね。みんな、個人レベルではテクニックも拙いし、バンドとしても音がぶつかったりリズムがずれたりしてる。にも拘らず、全部が心を動かす曲に仕上がっているわ。それはどうしてだと思う?」
 唯は首を左右に振った。「分からない」という意思表示だ。
「それは、あなたたちひとりひとりがメンバーの個性を認め合い、お互いを大事にしていたからじゃないかしら。あなたたち、今でもバンドをやっているんでしょう?多分、この頃よりひとりひとりのテクニックも上がってるし、バンドとしての実力も備わってきたと思うけれど、何よりやっぱりあなたたちの根底にあるのは、『絆』じゃないかしら」
「絆…」唯はただその言葉を繰り返した。
「そう。それは、ただ仲がいいってだけの、慣れ合いの関係じゃない。相手のいいところも悪いところも分かった上で、互いを尊重し合い、励まし合いながら高め合う、そんな認め合える関係のことをいうんじゃないかしら」
 絆。慣れ合いじゃなく、認め合える関係…。唯は心の中でさわ子の言葉を反芻した。
「これがもし、その辺のちょっと仲良くしている程度の子たちが組んだバンドだったら、こんなにいい音楽にはならないはずよ?これは、お互いを思いやってきた唯ちゃんたちだからこそ生み出すことができた結晶なんじゃないかしら。つまり、あの子たちはみんな大事に思ってるのよ、唯ちゃんのことを。損得感情じゃない、本当にかけ値のない思いやりで」
 唯は思った。
みんな、私のことを…。そんなみんなを、私は疑い、すべてを壊そうとまでしていた。
 ああ、私は何てことをしようとしてたんだ…。
 唯は自分を恥じた。後悔した。そして、大粒の涙を流して、静かに泣いた。
 唯はしばらく泣いていた。さわ子は唯を気のすむまで泣かせてやった。しばらくして、唯が思い出したようにさわ子に訊いた。
「そういえばさわちゃん、どうしてまだ学校にいるの?」
「今さら?」とさわ子は呆れたように笑った。
「宿直よ。当番で、今日は私の日だったの。今日の当番が私でよかったわね。他の先生だったら、あなた今ごろ警察に連れて行かれているわ」
「ほんとだ」と云って唯は笑った。細めた目が涙で輝いて見えた。さわ子は、これこそが唯ちゃんの本当の表情、輝きだと思った。
「もうすぐ夜が明けるわね。いらっしゃい、家まで送ってあげるわ」
 さわ子はそう云って立ち上がり、唯を促した。唯も頷いて立ち上がり、さわ子の後をついて歩き出した。


 7


 和はテーブルに肘をつき、手を組んで、手に額を乗せた状態でうずくまっていた。
 唯が出て行ってからみんなで協力して、吹き飛んだテーブルは元の場所に戻し、割れた食器や窓ガラスは綺麗に掃除をして、窓は段ボールとガムテープで塞いだ。
憂はソファで横になっている。だが、決して寝ているわけではない。やや眠そうに目を細めてはいるが、涙を浮かべた目は閉じられることなく、しっかり開かれている。
 他のメンバーにしても同様だ。みんな床に横になったり、壁際に腰をつけたりしているが、寝息を立てている者はいない。和に関しても同様だ。この夜は一睡もしていない。
「和ちゃん、大丈夫?」
 ムギが和に尋ねた。和は意外そうな顔をムギのほうに向け、
「ええ。どうして?」と訊き返した。
「だって、和ちゃんが一番つらそうだから…」
「そんなことないわ。みんなだって、気持ちは同じでしょう?」
 和はそう云って、前に向き直った。
 目の先には床に横になっている姫子がいた。姫子も目をしっかり開けて、心配そうな顔をしている。
 唯が出て行った後、和はみんなに「唯が立ち直れるきっかけがあるかも知れない」というような趣旨の発言をした。それは、唯がライブの話をしているとき、一切暗い影を見せなかったことから、音楽かバンドかあるいはライブというものが、唯を救うアイテムになるのではないかと推測したからだ。ただし、もちろんそれに対する確証はなく、実際に唯が立ち直ってくれるのか、不安でもあった。
和には、放課後ティータイムというバンドが、唯にとってかけがえのない仲間が存在する場所であり、唯にそれを再認識させることが、彼女が本来の心を取り戻すのに必要である、というところまでは考えられなかったのである。
 ただ、和は切に願っていた。「唯、帰ってきて…」と。
 気づけば、外はもう明るくなっていた。ガムテープでとめられた段ボールと窓枠の隙間から、和は外を呆然と眺めていた。とうとう夜が明けてしまった。唯の帰らないままに。
 そこへ、車のエンジン音が聞こえてきた。その車が、家の前で止まった気がした。
 しばらくして、「ピンポーン」とインターホンの音がした。
「あれ、こんな時間に、誰かしら」
「まさか、唯?」
「ちょっと私出てくるわ」
 和はそう云って、憂の方を見た。憂は「うん、お願い」と云った。憂は身体の痛みでまだ起きるのは億劫そうだ。
 和は玄関先へ急いだ。もしかして、唯じゃないかしら。いいえ、唯であって欲しい…。そんな思いを駆け廻らせながら。
 和は玄関を開けた。
 目の前には、さわ子と、そして唯の姿があった。
「唯…」
 和の表情が少し崩れた。和は唯の身体をそっと抱きしめた。
「どこで何をしてたの、心配させて…」
「和ちゃん、ごめんね」
 唯は小さく呟いた。
「さあ、入ってらっしゃい」
 和に促されて、唯は家の中に入った。唯は云われるままに中に入った。
「みんな、唯が帰って来たわ!」
 和は玄関から大きく声をあげた。唯は廊下を歩いて、リビングの近くまで来た。
 その瞬間、梓がリビングから飛び出してきた。梓の体当たりを喰らって、唯はその場にひっくり返った。梓はひっくり返った唯に馬乗りになり、胸ぐらを掴んで上下に揺すった。
「いい加減にしてください!何度みんなを心配させたら気が済むんですか!!」