泡沫の恋 前編
思い出すとやはり腹は立ってくるのだけれど。
今はそれどころではなかった。
「で、どうしたの? それだけじゃないでしょ、用件」
「あ、ああ・・・あの、な」
静雄は事の顛末をたどたどしく説明する。
もとから話のうまくない静雄は、どう言っていいか分からず要領を得ない説明になってしまったが、新羅は補完してくれた。
「ようするに」
静雄と付き合うための条件として臨也は一生喋らないってこと?
それでその処置をしに僕のところに向ってるって?
新羅が確認するように聞くと、静雄は携帯に向って一生懸命頷いた。
電話越しでは見えないだろう友人のその仕草は、しかし気配として新羅に伝わったようだ。
「俺は、あいつが断ると思って、」
「それはキミの目算が甘かったと思うよ。臨也にとってはきっとそれは『簡単なこと』だ」
「・・・・・・」
「それくらい彼の、キミに対する執着は深いんだよ」
静雄はまた沈黙する。
急にいろいろなことが起こったので思考がまとまらない。
けれどもう、なかったことにはできない。
新羅も少し黙った後、そうして静雄に言った。
「君のした選択は正しいと思うよ」
「・・・新羅」
「倫理的にとか人道的にとか、そういうのは置いといて」
キミと臨也がくっつくにはそれしかないと僕も思う。
新羅はそう言って笑った。
「そうすればキミは怒らなくて済むし、臨也はキミが手に入る。そして臨也自身も納得してる」
「・・・」
「どこも悪いとこなんかないじゃない。あとはキミさえ良ければ」
もっとも、と新羅は続けた。
静雄は珍しく黙って話を聞いている。
「100%正しい選択なんてこの世にはないからね」
「・・・・・・」
「臨也がキミにしてきたことも正しいことばかりじゃない。だからそれくらいでちょうどいい」
「・・・新羅」
「あとは後悔するかしないかじゃないの」
キミと臨也が、そう新羅は結論付ける。ここから先は二人の問題だ、と。
静雄は何も言えずに黙ったままだ。
大きすぎる問題に頭の回路がショートしているのかもしれないな、と新羅は思った。
「で、静雄はどうしたいの」
しばらく待って、新羅は静雄に水を向けた。
このままでは、もうすぐ臨也がついてしまうだろう。
その前に聞いておかなければいけないことがあった。
「本当に臨也をしゃべれなくしちゃっていい? そのほうが誰にとってもいいことだと僕も思うけど」
「・・・・・・」
「それとも止めたほうがいい? やっぱり嫌? きちんと断る?」
「・・・俺、は」
そう言ったきりまた沈黙してしまった静雄だったが、新羅はそのまま待つ。
時間がかかっても静雄が決めなくてはいけないことだ、と思った。
しばらくたって静雄が口を開いたと同時に玄関のチャイムが鳴る。
「臨也が来たみたいだ」
「・・・」
「じゃあ、それでいいんだね」
子どもにするみたいに優しく確認すると、静雄は「ああ」と呟いた。
どのような選択でも、後悔しないとは言い切れないけれど。
それでも静雄は選んだのだ。
「悪い、頼む」
「いいよ。臨也にツケとくから」
そう言って新羅は笑うと、通話を終了した。