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泡沫の恋 前編

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「静雄から連絡が来たよ」
「シズちゃんから? 止めてくれって?」
「止めてほしいのかい?」

 新羅がにこりと笑うと、臨也もにやりと笑って返した。

「まさか」

 臨也はすすめられる前に勝手にソファに腰掛けると、楽しそうに笑った。
 楽しそうに、嬉しそうに。
 こんな上機嫌な彼は珍しいな、と新羅は思った。

「こんな簡単なことでよかったんだ」
「そうだね」
「これで俺はようやく満たされるのかもしれない」

 長く長く求めてきた何か。
 人をすべて愛することで手に入れようとしてきた何か。
 それは、こんな近くにあった。
 そのことに気づいてしまったから、もう何もいらない。
 臨也は嬉しそうに笑うと、まるでお菓子をねだる子どものように新羅に言った。

「だから新羅」
「俺の喉、つぶして」
「声帯焼くのでもいいよ」
「痛くないのがいいな、それからできれば痕に残らないようにして」

 早口でまくしたてる彼を見るのもこれが最後か、と新羅は思いながら頷く。
 コーヒーを用意しながらこれで池袋も平和になるかな、なんてのんきなことを考えた。
 平和になればセルティともっとのんびりできるなあ。
 臨也と静雄は突然やってくるある意味迷惑な顧客だった。
 ヤクザの抗争より回数は多く、時間も不定期。
 しかも粟楠会と違って事前のアポもない。
 それでは新羅にとってセルティといちゃいちゃする時間が取れないのだ。
 もっとも、時間があってもやすやすといちゃいちゃさせてくれるような彼女ではないが。
 でもそこがいいんだよね〜、新羅はそんなことを思いながら臨也にコーヒーを渡した。

「新羅」
「うん?」
「声に出てる」
「そう?」

 もっとも、指摘したところでひるむような男ではなかったが。
 思った通り、新羅はそんなことは意に介さず、臨也に問いかける。

「まあ、それは置いといて」
「うん」
「本当にいいんだね」
「もちろん」

 そんなことでシズちゃんが俺のものになるならいいよ。
 臨也はにっこりと笑った。
 今日は良く笑うな、と新羅は思う。表情も柔らかい。
 やっぱりこれは正しい選択だったのかもしれないよ、静雄。
 心の中で新羅はそう思った。けれど。

「それにこれでシズちゃんは俺に負い目ができる」
「そうしたらもう離れられないでしょ、シズちゃんの性格からいって」

 前言撤回。やっぱり折原臨也は折原臨也だった。
 それでこそ臨也だ、と新羅はそっと溜息をつく。
 なんか少し安心したということは一生黙っていようと思った。

「じゃあ、声帯を焼こうかな。声が出なくなればいいんだよね」
「うん」
「仕事とか大丈夫なの?」
「今はメールも音声ソフトもあるし、キミの伴侶を見習ってPDAを持ち歩くよ」

 それじゃうざいのはあまり変わらないか、と新羅は思う。
 付き合いが長いせいか、新羅は臨也の扱いが結構ひどい。
 もっとも、それだけ気安いと言えばそれまでのことだけれど。
 それにしても、と新羅は思う。
 声と引き換えに自分の恋を叶えようとするなんて、それはまるで。

「まるで、人魚姫みたいだね」
「じゃあ、新羅は海の大魔女だ」

 唐突な新羅の言葉に、臨也は即座に言い返す。
 自分でも少しはそう思っていたのだろうか。
 まあ目の前の『人魚姫』は恋に身を捧げる清純な少女でも何でもなかったし、
 どちらかというとどす黒く汚れた真っ黒な腹の持ち主ではあったけれど。
 それでも、その想いだけは本物なのだろう。
 新羅はこの友人のことを初めて見直したかもしれない。
 考えてみれば10年片思いしてたようなものだよね、本人無意識だけど。
 ある意味純愛なのかな、新羅は少しおかしくなって笑った。

「何笑ってんのさ」
「え? 臨也が人魚姫って無理があるよね」
「うるさいな。やるならさっさとして」

 不機嫌そうな言葉とは裏腹に、臨也の表情は優しい。
 この恋が泡と消えなければいいな、と新羅は少しだけそう思う。
 それから、立ち上がると芝居がかった声で臨也に言った。

「さあどうぞ、人魚姫。声と引き換えに願いを叶えてあげましょう」
「ありがとう、新羅」
「料金はいつものようにツケとくから」

 やけに現実的な新羅の言葉に、臨也は笑った。
 それから「ちょっと待って」と新羅を止める。
 ポケットから携帯を取り出すと、どこかに電話をした。
 きっと静雄だ、と新羅は思ったが何も言わなかった。

「もしもし、シズちゃん?」

 静雄の声は聞こえない。
 新羅はさりげなく後ろを向くと、臨也の声だけが耳に届く。
 幸せそうな、声。
 そんな声も出せるんだ、と新羅はまぶしく感じる。
 それから無性にセルティに会いたいな、と思った。

「うん、そう、これから。だからさ」
「最後に、声が出るうちに、もう一度だけ言っておきたくて」
「好きだよ」
「シズちゃん、大好き」
「愛してるよ」
「一生分言いたいけど、言いきれないから、これでやめとく」
「うん。好き、大好き。本当に」
「じゃあね」
 
 ぷつりと通話を終了すると、臨也は晴れやかな表情で新羅を促す。
 それから新羅の後を大人しくついて行った。

作品名:泡沫の恋 前編 作家名:774