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泡沫の恋 前編

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 何日たったのか。
 あの日から何日たったのか。
 静雄は考える。本当は忘れてなどいない。忘れたかっただけだ。
 あの日から10日。いても立ってもいられない思いを抱えて10日を過ごした。
 あのあと新羅から『成功したみたい』という電話は貰った。
 けれど肝心の人間からは連絡がない。
 連絡しようがないのかもしれない。声、が出ないのならば。
 けれどそれなら、メールという手段だってあるのに。
 静雄は自分のことを棚に上げてそう思う。
 そういう静雄こそ、電話どころかメールすらめったにしないタイプだった。
 その自分が、これほどまでに連絡を待っているのに。
 何の音沙汰もない。

「ああ、クソッ」

 クシャリと煙草の空き箱を握りつぶす。気づかないうちにひと箱吸ってしまったらしい。
 吸いすぎだ、と自嘲する。このままじゃ、喉に良くない。
 喉、か。
 図らずも自分から連想できる単語を思い浮かべてしまった。
 どのくらいかかるのだろう。復帰までに。
 しばらくは安静にしているのだろうか。
 こんなことなら詳しく新羅に聞けばよかった、と静雄は後悔する。
 落ち着かない気持ちで無為な時間を何日も過ごした。
 仕事にも身が入らない。とうとう今日は休んでしまった。
 明日休みだからいいけどそん次は行かねえとな、と静雄はため息をつく。
 もともと真面目な性分なので、私事で休むのは初めてだった。
 まあ、それだからこそすんなり休みが取れたわけだが。
 煙草を買いに行くか、と静雄はため息とともに立ち上がる。
 玄関の扉を開こうとした時、その扉は目の前で開いた。

「・・・・・・」
「・・・臨、也」

 ひらひらと手を振りながら、臨也がそこに立っていた。
 にこやかに笑っているが、首の包帯の白さが目立っていた。
 黒ずくめなだけに、それは余計に際立って見える。
 静雄は何を言っていいのか分からずに立ちすくむ。
 その包帯は、云わば静雄の罪の証のようなものだった。
 自分の身勝手で、静雄は臨也から『声』を取り上げてしまったのだ。

 君のした選択は正しいと思うよ。

 新羅の言葉を思い出す。
 あとは、後悔するかしないか、だけ。それならば。

 後悔なんか、するかよ。

 少なくともそれを望んだのは自分なのだから。
 後悔するべきは静雄ではないのだ。静雄にそんな権利はない。
 臨也は黙ったまま立ちすくむ静雄を優しく見つめると、笑ってみせた。
 すべてを見透かしているような瞳で。
 それから後ろ手に扉を閉めると、静雄を抱きしめる。
 温かいな、と静雄は思う。
 温度の低そうなこの男でも、抱きしめられれば温かいのか。
 それが少し不思議で、それから。
 静雄も優しく抱き返した。
 どちらからともなく重ねられた唇もやっぱり温かかった。

「・・・遅せえよ」
「・・・・・・」

 静雄が小さくつぶやくと、臨也は静雄の顔をのぞきこんだ。
 ああ、やっぱり。
 静雄は思った。
 言葉なんか、いらないじゃないか。
 この男は、言葉なんかなくても、こんなに雄弁なのに。
 やっぱりこの選択は正しかったのかもしれないな、と。
 静雄は小さく笑った。

「・・・・・・」
「とりあえず、上がれ」

 臨也を促すと、静雄は部屋へ戻る。
 ああ煙草、と思い出すが、もはやどうでもいい気持になった。
 後でいい、と静雄は思ったが、臨也は手にしていたコンビニ袋を静雄に差し出した。
 袋の中には、コンビニのちょっと高そうなデザートと、静雄の煙草と、それから。

「・・・これ」

 静雄が訝しげにその箱を取り上げる。その頬は少し赤い。
 臨也はにっこり笑って頷く。
 男同志でも使うもんなのか、と静雄は思った。それから、男同士ってどうやるんだよ、とも。
 あらぬ想像をしてしまい頬を染めた静雄に、臨也はそっと寄り添った。
 それから優しくその髪の毛を撫でると、もう一度頷く。

「・・・うん」

 静雄も頷き返す。慌てなくていいよ、と臨也が言っていたから。
 それから臨也は優しく笑って、もう一度軽くキスをしてくれた。
 くすぐったいな、と静雄は思う。
 優しいキスも、髪を撫でる手も、それからこの空気も。
 殺し合いの喧嘩をしていたのはついこの間のことなのに。
『言葉』がないだけでこんなにも変わってしまうものなのか。
 とろけるような気持で、臨也の肩に頭を置いた。
 やべえ、幸せかも。
 今まで感じたことのない感情に、静雄はなぜだか泣きたくなった。
 胸が痛い。嬉しいのに、幸せなのに、なぜか切ない。
 もどかしい、どうしようもない気持ちに、どうしたらいいのか分からず。
 ただただ、臨也に優しく抱きしめられていた。


 驚くほど時間がたってしまっていたらしく、すでに空は赤み始めている。
 二人は何も言わずに抱き合っていただけだった。
 けれどなんだか満たされたような気がして、それから離れるのが名残惜しくて。
 それでもいつまでもそうしているわけにもいかずに、ようやく身体を離した。
 何もしていない、けれど何かが満たされた。
 足りない何かを見つけたような。
 そんな気がする。
 それから二人で食事をしに行った。
 並んで歩く二人を訝しげに見る人間もいたが、二人はあまり人目を気にするタイプではない。
 会話はないが和やかで、楽しい食事だった。
 店を出ると、どちらからともなく手を伸ばす。
 人ごみにまぎれてそっと手をつないだ。
 楽しい。静雄はそう思った。臨也も笑っている。なんだか隠れて悪いことをしてるみたいな楽しさだった。
 ふと、臨也が手を軽く引く。促されて来てみれば、駅の方角だった。

「新宿、帰るのか」
「・・・・・・」

 少し寂しげに静雄が聞いた。臨也は小さく首を振る。
 それから静雄の手をもう一度引いた。

「俺も、一緒に?」
「・・・・・・」

 臨也が頷いた。静雄も頷いて、二人はそのまま新宿へ向かう。
 途中コンビニに寄って買い物をして、それから臨也の部屋にたどり着いた。
 事務所も兼用しているその部屋には誰もいなかった。
 秘書だという女性はもう帰宅したようだ。それともしばらく仕事は休業しているのかもしれない。第一、仕事が続けられるのかどうかもわからない。
 静雄は少しだけ罪悪感を覚えたが、それを頭から追い出すことにする。もう後悔はしないと決めたのだから。
 奥の部屋に通されると、すすめられるままにソファに腰掛ける。
 臨也は甘いカフェオレを出してくれた。

「初めて来たけど、いい部屋だな」
「・・・・・・」

 臨也が嬉しそうに小首をかしげる。そうかな、と言っているようだった。
 甘い甘いカフェオレは静雄の好みで。
 自分が甘いものが好きなことをこの男はどうして知っているのだろうか。
 そんなことをふと思った。
 付き合いは長いけれど、プライベートなことに触れる会話はあまりしたことがないのに。
 けれどよくよく考えれば、静雄も臨也についていろいろ知ってはいる。
 好みの系統だとか、昔付き合っていたらしい女だとか。どうでもいいようなことまで。
 嫌い嫌いと思っているからこそ、些細な情報ですら見逃せなかったのだろうか。
作品名:泡沫の恋 前編 作家名:774